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“理系”から見る美術の本質

連続特集【静岡美術50年史】(静岡時代:vol.40)
元々、美術の本質は幾何学に基づく比例理論だった。そもそも人はなぜ美しいと思い、感動するのでしょうか?
人が美しいと思うとき、脳はいったいどうなっているの? 神経行動学を専門とする奥村先生に聞く、美術と科学の関係。



“理系”から見る美術の本質


■奥村 哲(おくむらてつ)先生 《写真:中央》
静岡理工科大学 総合情報学部 人間情報デザイン学科 准教授。
歯学部卒業という意外な経歴をもち、解剖・ 生理・薬学を駆使して、脳神経の可能性を追求してい る。先日産まれたご長男にメロメロの様子でした。



「美しい花」があるのか、「花の美しさがあるのか」

――人はどういったものを「美しい」と感じるのでしょうか?  

(奥村先生)例えば花を見て「美しい」と感じるとき、人によって感じ方は異なります。 では、そもそもその「美しさ」はどのようにして存在するのでしょうか。  

ここでひとつ質問をしてみましょう。この世界には「美しい花」があるのか? それとも、「花の美しさ」があるのか? 花の美しさだけを花から取り出して、どこかへ持っていくことは出来るでしょうか。


――花がなければ美しさも分からないので、美しさだけを取り出すことはできないと思います。  

(奥村先生)確かにそれは難しそうですね。だとすれば「花の美しさ」という概念そのものは存在しなくて、「美しい花」と いう物がそこに在るということになります。では、何に美しさを感じるのか。 このとき二つくらい考え方があって、 まず一つはあなたが言ったように、物のなかに美しさを見出す考え方です。 美しさだけを取り出すことができないので、物質である花そのものが美しけ れば美しいということになります。

その対極にあるのが、「美しい」と いう属性を花自身が纏っているという 考え方です。美しさが物質と切り離された状態で存在するということになります。こうした理想の美の存在は昔から議論されていて、美術作品や画家の中には、この理想の美というものを絵 や彫刻などによって表現しようとした人もいます。ならばその美しさはどこにあるのか? もしかしたら脳の中かもしれませんね。


“理系”から見る美術の本質


――確かに。では、絵を描くとはどういうことなのでしょうか?  

(奥村先生)普段、人は何かを描こうとしたとき、「○○はこういうものだ」という頭の中の概念で描こうとします。唐突ですがちょっと鳥の絵を描いてみて下さ い。目や鼻、くちばし、翼など、鳥の特徴をつかんだ絵になりますよね。でも現実にこんな鳥はいませんね。この鳥はあなたの頭の中の思い込みを描いたものなのです。  

他方で、視覚で捉えたものを画像として脳に刷り込んでいく記憶法(フォ トグラフィックメモリー)により、まるで写真のような絵を描く人もいます。水玉の服を着た人を描く場合、彼らはその水玉の数やしわに隠れている 位置さえも精密に再現することができます。逆に普通の人は「この人の服は 水玉模様だ」と言語化してしまうので 水玉の数なんかはいい加減にしか描け なくなってしまう。  

ただそれは、画像の記憶をもとに描くことに思考がないというわけではありません。言語を用いて概念化するのとは違うということです。


――どういうことでしょうか?  

(奥村先生)例えばサルやゾウが描いた絵を見た ことはあるかな? 結構、いい絵を描くんだよ。言語能力を持たないサルやゾウが絵を描くということは、彼らは言語以外の方法で考えているということです。例えば、色で考えて描いているのかもしれないよね。  

あるいは、ラスコーの洞窟壁画にも近いことが言えます。ラスコーの洞窟壁画は、およそ一万五千年前の先史時代、おそらく、言語がまだそれほど発達していない時代に描かれたという説があります。つまり木々も動物も何も かもが言語化されていない状態で描かれた絵。本来、そういう言語で考えない思考というものは誰にでもあるんだけど、言語化した時には忘れてしまう。  

言語で世界を認識する人たちには言 葉で抽出できることしか描けないのかもしれない。でも、絵をみるときには 作者の言語化できない考えを感じているはずです。それが美術作品をみた時の感動や心を動かされるってことに繋がっているのかもしれません。


“理系”から見る美術の本質


“理系”から見る美術の本質


――美しさには言葉以外の思考も含まれているのですね。とはいえ、どうしても言語で考えがちです……。  

(奥村先生)例えば、花ってなんで美しいんだろう? 一つには、花の持つ色の鮮やかさですよね。実際に存在する花の種類 は色鮮やかなものが多いけれど、でも生物学の視点で言えば地味な色の方が 花を食べにくる動物に見つかりにくいはずです。進化のなかで変化してきた わけですが、そう考えると花は美しさを誰に見せているのでしょうか。  

一つの考えとしては、鮮やかな色によって虫を惹き付けるという植物の戦略が考えられます。植物が子孫を残すためには受粉しなくてはいけません。 蝶の目にはヒトと違って紫外線が見えます。紫外線で見る花はオシベやメ シベのところがとても目立って見えます。カラフルで美しい花の「美しさ」 は生きるために美しい。美しさは生き るためにあるのかもしれませんね。


脳の中で美のシグナルはドーパミン 「美」は生物の生命力や楽しさに宿る

――「美術は生きる力」と言いますが、 花の美しさにおいても通じる側面があるとは驚きです。  

(奥村先生)僕が研究している小鳥にジュウシマツという種がいます。この鳥はお父さんの真似をして一生懸命に歌を練習す るんです。その集大成として歌でメスを誘惑する。そのとき、大きく目立つ 声で歌っていたら敵に襲われるリスクが高まりますよね。ですが、あえての ハンディーキャップを持ちながらも美しい声を響かせることが、「元気に生きている」というセクシーなシグナルになる。歌を学ぶだけの能力があり、 歌って踊るだけの体力を持つという生命力や遺伝的な資質の高さを示しています。ジュウシマツは子孫を残すため、生きるために歌っているんです。

――生きていくうえで「美しい」という感情は不可欠ということでしょうか?  

(奥村先生)確かにそういう事になりますね。ただ、僕は美しさは楽しさからも生ま れたと思いますね。実は ジュウシマツは元々は羽毛が少し茶色なんです。 羽毛の濃さは外敵から身を守り、捕食圧を下げる為のものです。二百年前に描かれた絵にもそれは見て取れます。

“理系”から見る美術の本質


しかしその後、人に飼われ、外敵に襲われるリスクがなくなるなかで今ではすっかり白くなってきている。そしてもっと派 手な歌を呑気に歌うようになっていま す。リスクを負ったなかで生命力を示す ためにより美しい声を持つようになる という面もあると思いますが、実はそもそも歌ったり学習しているときの鳥 の脳ではドーパミンという物質が出ています。ドーパミンは、例えば、上手くいかなかったことがやっと成功した 時に分泌される。腹側被蓋野という脳の深いところから分泌されて、脳全体に広がります。すると、その時の思い出が良く残って、学習が成立していく んだよね。  

鳥が純粋に楽しく歌っているとき、 つまりドーパミンが分泌されているときに活動する脳部位は、ヒトが鏡を見 て化粧をしている時や何かに見惚れて いる時に活動する部位と似ています。 つまり、美しく変わっていく自分、またはその変わっていく状態を楽しいと感じている可能性がありますよね。生 物が生きるために存在する「美しさ」 もあれば、楽しくて、つい夢中になって続けるからこそ生まれてくる「美しさ」もある。そうした言語化できないものを表現するのが美術だとすれば小鳥の歌や野山に咲く一輪の花の生き様 のなかに「美しさ」の本質が隠されているのではないかと思います(了)



“理系”から見る美術の本質


奥村先生の過去記事はこちらをチェック!
2014/06/12
恋のメカニズムを教えて!〜脳科学から検証する、恋愛理論〜
連続特集:「静岡時代の恋愛論」「恋」や「恋愛」は、感覚的でよくわからない。理由があるにしても、どれも後付けな気がしてしまいます。論理的に「恋」を検証したら、私たちの身体の中では一体、何が起こっているのでしょうか。「恋」に科学的な視点を向けて、「人が何故恋愛をするのか」、理由を探っていきます。脳科…






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