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大学生とは「境界人」である。

静岡時代(vol.29)【大学迷路案内】より
大学とは「迷路」のようなもの。そこにある学問も人も考えも多様で、何をどう学ぶかも自由。でも、「大学に何しにきたんだろう」と迷うことは不安で、辛いものです。自分が選んだ道のはずなのに、どうして「大学」はこれほどまでに私を悩ませるのでしょうか。発達心理学を専門とする伊東明子(常葉大学教育学部 教授)先生に聞きました。

大学生とは「境界人」である。

伊東明子(いとうあきこ)先生
常葉学園大学教育学部心理教育学科准教授。
臨床心理学を専門とし、現在の研究内容はストレス対処と心身の健康に関すること。研究室にはゼミ生との写真や卒業生からのプレゼントがあり、学生と近い距離にいる先生。

梅島千愛
静岡文化芸術所属、本企画編集長(※取材当時)。
在学中、自分がなぜ大学にいるかの理由を見失い、本企画を立案。

須藤千尋(すとうちひろ)
静岡県立大学国際関係学部4年(取材当時)。
本記事の取材・執筆者。




大学時代は、アイデンティティを確立する重要な時期


——大学に入学してから3年たちますが、「大学にきて、そこで何をして、どうなりたいんだろう」と、日常のふとした瞬間にそれらのことを考えて、悩むようになりました。対人関係や行動範囲が高校までとは格段に広がって、様々な経験を積む内に、物事に向き合う時間が増えたような気がするのですが、大学生が迷い悩んでしまうのにはどんな理由があるのでしょうか?

(伊東先生)そうですね。「アイデンティティ」という言葉がありますが、大学時代は、そのアイデンティティ、つまり「自分とは何者であるのか?」という意識を確立する、あるいはしなければいけない重要な時期なんですね。高校まではある程度、親や先生の価値観に従って振る舞えば良かったのに、高校を卒業すると、次第に「もう大人なんだから自分がなんなのか考えなさい、向き合いなさい」なんて言われるようになり、個としてみられるようになってくる。

それは社会に出れば更に求められます。なので、この時期に自分を確立することが大事なんですね。そして、その上で、実は大学で悩むということ自体はとても意味のあるものなんです。むしろあなたたちにとってそれは健康な発達状態。そこから自分自身で試行錯誤して、色々な経験をして、自分のやりたいもの、自分が何なのかということがだんだんと形作られていくんですよ。発達心理学では、青年期は広いんだけれど、特にそういった10代後半から20代半ばくらいの人のことを、「境界人」や「周辺人」と呼んでいるんです。


——それは初めて聞く言葉です。なぜ、「境界人」というのですか?
 
(伊東先生)まず「境界人」の時期は、性的成熟による身体の変化や、心理的には気持ちが内向的になったり、自我意識の高まりがみられます。不安や反抗の態度など、心の動揺が顕著にあらわれるんですよ。青年は「大人と子どもの二つの面を持ち合わせていて、そこを行き来する」から、自分の足元が不安定になる。「私はどこに所属して、何をやっているんだろう?」って思ったりね。

大学生活の中で20歳をむかえ、法的には成人となるんだけど、境界人に変わりはないんですよ。自我が揺らいでいる時期に、著しい環境の変化が起こる大学生だからこそ、「大人なのか、子どもなのか」と考えてしまうのは当然だと思います。


大学生とは「境界人」である。


自身と社会との相互関係の中で、心身は成長していく


——大学生は元々そういう時期の人間だからこそ、心にわだかまりをいだくのですね。ではそんな不安定な大学生の姿を、先生は身近に感じたことがありますか?

(伊東先生)昔、 静岡県青少年問題協議会で、高校や大学でアンケートをとったことがあるのですが、そこでの「今の社会には問題があると思う」という質問に対して、9割の若者は「そう思う」って答えました。だけど、「社会は自分たちの力で変えていけると思う」という質問に対しては、「あまりそう思わない」という回答の割合が多くみられたんですね。アクションを起こしたいという気持ちはあるんだけど、じゃあ実際に行動に移している人は、と考えると、すごく少ないなと思いますね。それから、「自分に自信がない」という学生が増えている傾向にあります。大人の敷いたレールからはみ出しちゃいけない、失敗しちゃいけないという意識が強くて萎縮してしまっている。それは私自身、学生と交流する中でも感じることがありますし、その意識が原因なのか、優柔不断で、決断する力がないなと思うこともあります。

——確かにそうかもしれません。私自身も、「決断力がない」と言われた経験が多々ありますし、自分でもそう感じています。

(伊東先生)今の子たちは決まりをよく守るし、素直で従順に生きていると思います。それが良いところでもあるのですが、常に何ものかに守られているということも理解しているからこそ、成功体験を積んだとしても、「これは自分の力じゃないんじゃないか」と疑ってしまうのではないでしょうか。今は、大人が子どもの失敗する姿をみたくないがためにお膳立てをしてしまっている部分も多くあります。

しかし、自信は、失敗することによって自然と身に付いていくものです。また、間違うというのはマイナスなイメージで捉えられがちですが、正しいやり方を導きだすものでもあります。悩みや不安は外部からの刺激で発生するものでもあるので、失敗や間違いといった、回り道に思われがちなものを無駄とは思わないことが心身の成長に繋がると思います。


——なるほど。思い返してみると、大学での講義が将来に直結する内容ではないと、無駄なことだと見なしてしまったり、大学での専門をダイレクトに就職に繋げようと考えたりと、回り道を嫌がることが多かったように思います。そういえば、この間、講義中に先生が「昔の学生は間違いを指摘すると何クソという気持ちがみられたけど、今の学生にそれをやるとシュンとしちゃうんだよね」ということを言っていました。伊東先生もそう感じることはありますか?

(伊東先生)確かに、昔は「間違ってる」って言ってしまっても良かったけど、今は言ったら傷ついちゃうんじゃないかって躊躇することも正直あります。私の時代は、怒られるとチクショーみたいな感じになったかな。例えば「こんな本も読んでいないの?」って言われると悔しくて、自分の足で図書館に行ったりとか、本屋さんに行ったりとかして、見返してやろうという気持ちがだいぶ強かったと思います。今の子は「でも、興味ないから」と流してしまうタイプの子が多くみられますね。

大学生とは「境界人」である。
教え子から、お母さんのように慕われている伊東先生。取材中もたくさんの学生が出入りしていました。

——確かに、間違うこと、そして、その間違いを指摘されるということに対して、とてもマイナスなイメージを持っていて、臆病になっていると思います。

(伊東先生)そうですね。大人だって間違うとがっかりするし、寄り道だったなと、すごく損した気持ちになるから。そういう子が大学に入って、今までよりも広い世界の中に放り込まれたら、それは迷ってしまうよね。自身と、社会といった外部との相互関係の中で、自信がなくなったり、反対に逆境に強くなっていく。今までの自分から少しだけ成長した自分を形づくっていくのが、大学時代だと思います。

とにかく、大学時代に悩むことは当たり前で、それはまぎれもなく成長している証拠。迷うってことはそれだけ自分の人生に関して真剣に考えているってことでもあるからね。だから寄り道したり回り道を繰り返しながら、いっぱい迷って、立派な大人になっていくんですよ。


——迷っていることで悩んでいましたが、それは大人になるために必要なことの1つだったんですね。私自身、アイデンティティが確立できているか、と言われるとまだできていないのですが、残りの大学生活で色んなことに挑戦して、自分を捜していきたいと思います(了)



▷▷次回は、「校舎を離れた学びの場、ムセイオン静岡」を更新します。


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