静岡の地元情報が集まる口コミサイト:eしずおか

静岡時代 シズオカガクセイ的新聞

特集

「自分のものさしを知る」ための、本のたしなみ方〜静岡時代の「本」論【4/4】〜

静岡時代4月号(vol.38):静岡時代の『本』論《4》
本は、今の自分ではわからないことを言語化・論理化する起点を持っています。参考書や文献など、本と接する機会が増える大学時代。得られる情報の幅を拡げ、吸収した知識を自分の糧として学生生活に活かすためには、どのような着眼点を持って本を読めば良いのでしょうか。1冊の文学作品を通して、県内高校教師の原田まや子さんと読書対談を行った現役大学生が『大学生の本の読み方』を学んでいきます。


「自分のものさしを知る」ための、本のたしなみ方〜静岡時代の「本」論【4/4】〜

■原田まや子さん(写真:右)
静岡市立高校国語科教諭。静岡大学人文学部言語文化学科卒。静大・酒井教授の著書『「ノルウェイの森」を語る』で5年前に対談した事がある。原田さんは授業の際、何通りもの読み方を用意することで、幅を持たせているそうです。

■度會由貴 (写真:左)
静岡大学4年。本好きな女子大生。
図書館や書店によく足を運び、本に囲まれた生活を送っている。「なぜ自分は本に惹かれるのか」という問いを出発点に、今回の企画をつくりました。

■漆畑友紀
静岡英和学院大学2年。
古典文学、現代文学を好んで読む大学生。当記事の執筆担当者です。

対談に使用した文学作品
■村上春樹『ノルウェイの森』
主人公の「僕」が親友のキズキや直子、そして大学で出会った緑との関係の中で、青年期に誰もがぶつかる 、愛・性・対人関係にもがき、成長していく物語。現代の若者たちと重なりつ つも、少し異なった価値観を持ち、異なった生き方をしている主人公達を知ることで、今生きることを考えさせられます。だからこそ大学生の今、読んでおきたい作品です。
(静岡大学人文社会科学部言語文化学科教授《※取材当時》 酒井英行先生 推薦)


本が代弁してくれるもの


(本誌編集長:度會)『ノルウェイの森』は大学時代の話のため、共感する部分が多くありました。例えば主人公「僕」の親友である 直子の、年齢だけが大人(二十歳)になって、中身が伴っていないのではないかという感覚です。また、「僕」の 大学の友人である緑の、わからないということを隠さないところにも惹かれ ました。原田さんは大学時代に『ノルウェイの森』を読んだことがあるそうですが、当時感じたことはありました か?

(原田さん)当時の私は、ちょうど直子の生き方と境遇が重なっていました。直子と同じで他人とうま く関わることができず、社会に適応できていなかったんですね。一方、緑のように身近な人を失う経験もしました 。まさに、直子と緑の置かれている状況 から自分を客観視することができました。自分がただモヤモヤしたまま言い表せないものを、村上春樹が代弁してくれたように思いましたね。

(度會)本から新しく言葉を獲得することは、本から自分をつくる営みですよね。例えば、「僕」の先輩の永沢が、本について「時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄にしたくない」と言います。時間が生み出す価値は私の中にもある概念だったのですが、「時の洗礼を受ける」 という表現の仕方ってすごい!と感じました。

(原田さん)そうですね。思い返せば、卒論を書く時、初めて自分は消費者側ではなく、生み出す側の立場になったのだと思えましたね。それまでは自分なりの方法で勉強していたとしても、すでに出来上がった巨大な社会から知識を貰うことを繰り返していたんです。「これはこういうものだ」と自分で論文を書いていくとき、それまでに本でもらった言葉から生み出していく感覚がありました。

「自分のものさしを知る」ための、本のたしなみ方〜静岡時代の「本」論【4/4】〜

言葉にできない何かを言語化・論理化していく


(度會)本は自分の中の「わからない」という気持ちを言語化・論理化するための起点をもっていますよね 。そういう意味でも本は自分をつくるインフラだと思います。しかし必ず言語化できるわけじゃないですよね。『ノルウェイの森』では、「僕」は親友のキズキと直子の自殺を受け入れようと、「死は生の対極としてではなく、 その一部として存在している」という真理を提示しています。私はこれに関して何とも解釈できませんでした。身近な人を失った経験がなく、その痛みとか穴をまだ理解できていないんです 。二人がどうして死んでしまったのかも私には謎のままに終わってしまいました。

(原田さん)キズキと直子の死の原因ってわからないですよね。ただ 「僕」には届かない他人だったということです。震災以降、「つながり」 や「絆」という言葉がたくさん消費されている気がします。だけど、他人と本当の意味で繋がるということは難しい、という地点にまずは立たなければなりません。その地点に立つことをこの作品は教えてくれます。

(度會)なるほど。作品の中で象徴的にでてくる「恋愛」「性」に対しての考え方も理解し難いものでした。みんな孤独の埋め合わせのように恋愛をしていて、大学生の恋愛の域を超えている気がしました。だからなのか、この人に感情移入した!という人はいませんでした。

(原田さん)『ノルウェイの森 』は『源氏物語』に似ていると言われています。『源氏物語』は光源氏と関係をもった様々な女性が描かれています 。『ノルウェイの森』も同様に、主人 公「僕」を通して、直子や緑などの女性、あるいは「僕」と寮で同室の突撃隊といった人間が照らされているんですよね。

(度會)確かに似ていますね!

(原田さん)みんなまんべんなく魅力を持っているんです。感情移入できないけど、様々な人間性を知っておくことが必要です。突撃隊のように、どこか欠けている不器用な人の人間性を認めるって、難しいけど大事ですよね。私は高校教師として毎年300人の生徒とすれ違っていきますが、その人達をどう「眼差し」ていくかという根幹は本からもらったものだと感じています。

「自分のものさしを知る」ための、本のたしなみ方〜静岡時代の「本」論【4/4】〜

「自分のものさしを知る」ための、本のたしなみ方〜静岡時代の「本」論【4/4】〜

「いつでも卵の立場に立つのが小説だ」


(原田さん)ちなみに、度會さんが緑に憧れた部分は、物語中盤で緑が大学のシステムに疑問を投げかけるところですよね?

(度會)はい。周りの大学生達は、わかったような顔をして難しい言葉を使い、わからない緑を馬鹿にするんです。でもそういう人たちが大企業に就職していく。緑はわからないから質問するし、わかったふりするのが当たり前な社会におかしいって言える女性なんです。

(原田さん)ここってとても大事だと思うんです。村上春樹の有名な演説に「壁と卵」の話があります。「壁 」を社会のシステム、「卵」を人の個々の魂と言い換え、卵は、壁を前にいつでも無力です。でも春樹は「いつでも卵の立場に立つのが小説家だ」と言います。社会が提示する物語にはある種の意図が含まれていて、私たち卵はそれを相対的にみなくてはいけない。

本はインフラってその通りだけど、システマティックでなくてもいいんです。今の社会に順応するための基盤をつくっていく必要はなくて、むしろシステムに相対する力が必要です。


(度會)そのためには自分をどうつくればいいのでしょうか?

(原田さん)今は情報化社会で 、知りたいことがすぐ手に入ります。 そのなかで小説の良さは、その時はわからないけれど、どこかでその人のベースになり、なんらかの形で自分の人生に影響していくことだと思います。 そこから自分なりの物語をつくっていくんです。知的な営みをしている今の大学生に求められていることだと思います。

(度會)今は解釈できないことも、全部自分の中にとどめておいて、 自分を社会化する材料にしていくんですね。わからないこともたくさん吸収して、そこから痛みを伴いながらも自分の物語をつくっていけたらと思います。

「自分のものさしを知る」ための、本のたしなみ方〜静岡時代の「本」論【4/4】〜

このお話をもっと深く掘り下げたい人へ原田まや子さんからのオススメ本!
◉ 小森陽一「大人のための国語教科書」角川書店.2009 年.


同じカテゴリー(特集)の記事画像
新しい音楽の創り方〜静岡時代24号『静岡時代の、音楽論』より
今開かれる、静岡パンドラの箱!〜静岡時代12号『静岡魔界探訪』より
静岡時代を残す人【静岡県立中央図書館】〜静岡時代創刊10年記念号「静岡時代ベスト版」
禅問答のように難解な物語の紡ぎ方〜静岡時代42号「静岡時代の未来予測」より
文学が先か?音楽が先か?「音」から育てる物語〜静岡時代42号「静岡時代の未来予測」〜
使われるかもしれない“いつか”のためにアーカイブする〜静岡時代42号「静岡時代の未来予測」より
同じカテゴリー(特集)の記事
 新しい音楽の創り方〜静岡時代24号『静岡時代の、音楽論』より (2016-06-14 00:00)
 今開かれる、静岡パンドラの箱!〜静岡時代12号『静岡魔界探訪』より (2016-06-07 00:00)
 静岡時代を残す人【静岡県立中央図書館】〜静岡時代創刊10年記念号「静岡時代ベスト版」 (2016-06-03 18:00)
 禅問答のように難解な物語の紡ぎ方〜静岡時代42号「静岡時代の未来予測」より (2016-05-31 18:00)
 文学が先か?音楽が先か?「音」から育てる物語〜静岡時代42号「静岡時代の未来予測」〜 (2016-05-24 18:00)
 使われるかもしれない“いつか”のためにアーカイブする〜静岡時代42号「静岡時代の未来予測」より (2016-05-17 18:26)


上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。
削除
「自分のものさしを知る」ための、本のたしなみ方〜静岡時代の「本」論【4/4】〜
    コメント(0)