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もう一度歩きたくなる、「エッシャーの世界」〜静岡市美術館〜

7月17日から静岡市美術館にて開催されている展覧会「エッシャーの世界」も、いよいよ今月28日(日)で会期が終了します。「エッシャーの世界」は全国の美術館を巡回する巡回展で、高松市美術館を皮切りに茨城県近代美術館、そして静岡市美術館へやってきました。静岡市美術館での会期を終えると、すぐに9月から札幌芸術の森美術館へと巡回していきます。今回は、その巡回展の裏側について静岡市美術館の学芸員(広報担当) 青木良平さんに伺いました。



◉展覧会を味わい尽くそう。「エッシャーの世界」の舞台裏。

ーー巡回展は、美術館による自主企画展とどのように異なるのですか?

巡回展、自主企画展というのは、開催する美術館から見て「巡回」か「自主」かという違いです。
当館にとっては巡回展でも、別の美術館の自主企画展である場合もありますし、共同企画の巡回展もあります。また、複数の美術館で開催される巡回展の場合、マスコミの文化事業部や企画会社など美術館以外の組織が深く関わることもあり、多くの人々が協力して作り上げてゆきます。

巡回展も自主企画展も、展覧会を行うのにはかなり時間がかかります。作品調査や展示作品の選定、各美術館の会期の調整や輸送スケジュールの策定などを行います。加えて学芸員は、図録の執筆や会場の解説、チラシ等広報物の作成なども行います。
また、他館から展示作品を借用する場合は、展示空間を指定の環境に整えなくてはなりません。美術作品にとって、温度、湿度、照明の明るさといった展示環境は極めて重要です。紙の美術作品は繊細ですし、エッシャーのような版画の作品は温度と湿度、照明の明るさに厳密な決まりがあります。



△静岡市美術館|学芸員(広報担当)の青木良平さん

ーー確かに、エッシャー展の展示空間はほんのり暗めです。美術作品を見せることと、守ることを同時にしなくてはならないのですね。

はい。「見せる」という意味では、学芸員は作家や作品にまつわることを勉強することも仕事の一つです。なぜなら、その学芸員が語ることや書くこと、示すことが展覧会の内容に反映されていて、それがそのまま市民や第三者に触れることになるからです。準備期間に学芸員の机を見ると、展覧会に関する書籍や資料が山積みになっていたりします。知識を深めることで、展覧会の質を高めていきます。

さらに、展示室のレイアウトを決めることも学芸員の仕事です。作品保護や安全性に考慮しつつ、どのように壁を配置し、来館者の動きを誘導するか、作品をよりよく見せるためにはどうするか、自らが引いた図面をもとに設営業者とプランニングを行い、「どうすれば作品が映え、来館者を分かりやすく楽しませられるか」展示プランを練ってゆきます。


静岡市美術館の場合、展示室の設営から展示までは1~2週間くらいで行います。それまで数年に渡る研究の成果がやっと形になるので、学芸員にとって一番熱がこもると言いますか、「最も佳境であって最も楽しい瞬間」だと思います。展覧会の会期は一般的に1月半〜長くて3ヶ月。1人でも多くの方に作品を楽しんでいただきたいです。

なお、美術館では展覧会以外にも講演会やギャラリートーク、オープンアトリエなどの教育普及活動も行っています。中でも静岡市美術館の教育普及活動の中で最も多いのは講演会。今回のエッシャー展では、幾何学アーティストの日詰明男さんを講師に招いて、自身の作家活動の紹介と合わせながらエッシャーの作品と数学との関係性について語っていただきました。エッシャーの作品には数学的な知見から制作に臨んでいることが見て取れます。他の美術作家とは異なる魅力を伝えていただきました。こうした講演会やワークショップを通して、様々な角度からエッシャーの魅力、美術作品の魅力を感じていただきたいです(了)




♦︎場所:静岡市美術館
〒420-0852 静岡県静岡市葵区紺屋町17-1 葵タワー
♦︎会期:〜8月28日(日)(終了まであと3日!)
♦︎開館時間:10:00〜19:00(展示室への入場は閉館の30分前まで)
♦︎休館日:毎週月曜日
♦︎観覧料:一般 当日1,000円、大高生・70歳以上 700円、中学生以下 無料
http://shizubi.jp/exhibition/future_160717.php

働く私の静岡時代〜株式会社 サンロフト〜



テクノロジーを親しみやすく

静岡市焼津市にある株式会社サンロフトは、Web制作、システム開発、マーケティングの事業を主な柱とするIT企業だ。1992年に電気工事業を行っていた朋電舎のコンピューター事業部を分社化し、その後、独立した。


△記事筆者の望月麻衣(常葉大学4年)と菊池舞子(写真右:常葉大学4年)

サンロフト創業以来、現在も代表取締役を務める松田敏孝社長は、「ITというものに可能性を感じていたからこそ、もう少し自由な形で事業を伸ばしてみたかった」と、当時の思いを教えてくれた。

松田社長を含む12〜13人のメンバーで立ち上げたサンロフトが主力事業となるWebサイト制作をはじめたのは1996年。初めて美大生を採用し、事業を展開した。しかし、当時は企業側もHPを重要視しておらず、担当者は「自分の仕事がない」と泣いていたそうだ。

「“ITは教えられるけど、デザインセンスは教えられない”ということで、当時は思い切ってITに関する知識のないその美大生を採用しました。トライ&エラーを行っていく中で、Webサイトで何を訴えたらいいのかが分かってきた」

「いつか日の目を見るときがくる」と地道に続け、数年後、静岡県HPグランプリで最優秀賞を獲得した



△松田社長


時流にのりながら、未知の変化を楽しむ

創業から24年、それまでのIT業界は企業や家庭へのパソコンの普及、コンピュータのコンパクト化、家計簿や教育ソフトといったソフトウェアの多様化、インターネットの普及など、激流のように変わってきた。

「IT業界ほど進化が激しい業界はない。昨日できなかったことが今日には出来るようになるということが頻繁に起こる。この20年間におけるネットの回線スピードって100万倍ですよ。そんなことって他の業界には無いでしょ。現在の業界の形態や仕事内容は、僕がIT業界に入った当時からは全く予想がつかなかったですね」

今でこそ仕事でiPadを使う会社は多いが、松田社長によると、iPadのスペックは、松田社長が入社当時に売っていたコンピューターから考えれば何億円相当の価値があると言う。

「IT業界は常に変わっていく業界です。これから先も20年後も正直分からない。でも、ロボットとか、人工知能とかが出てきて楽しそうじゃないですか。僕は必ず社会の役にも立てるって思うんだよね」





口コミか?ITか?異なる属性を上手く使い分ける

サンロフトの主力事業は企業や自治体などのHPや商品のPRサイトの制作だ。入社8年目になる中村允哉さんは、これまでにWebデザイナーを務め、2年ほど前から企画営業を務めている。

もともと高校生の頃からWebデザイナーに憧れていたという中村さん。Webデザイナーから企画営業に異動した当初は、「人と話すことが得意じゃない」という理由から、営業に対してマイナスなイメージを感じていたと言う。しかし、企画営業としてお客様とより密に関わる中で、見える世界が全然違うものになったと言う。

「ホームページを作りたいというお客様は「売上を上げたい」「認知度を上げたい」と思っている方が多いので、その気持ちを汲み取ったうえでサンロフトとしての提案、お客様にとって最適な提案を考えていかないといけない。色んなサイトや物事、時流を見た上で提案を出していくようになりました」



△企画営業:中村さん

さらに中村さんは、全ての人がITを使いこなしているわけではないからこそ、ITとアナログ的な動きを結びつけた提案を心がけているそうだ。

例えば最近、中村さんが新たにプロモーションを手がけ始めたのは、焼津の魚仲水産加工共同組合の「小川港魚河岸食堂」と「焼津さかな工房」という直営店。魚がし食堂は、組合の人だけでなく一般の人も新鮮な魚を楽しめるスポットで、焼津魚工房は東名高速道路の上りパーキングエリアにある食事だけでなく焼津のお土産も購入できるスポットだ。

「他社や他府県の事例も交えながら、お客様の顧客の層に合わせた効果的なプロモーションをブレストしました。ただ、パーキングエリアを盛り上げていくにはITだけでは難しい。口コミを発生させる要素をどう作り上げるかを幅を広げて考えることが必要なんです」






IT企業がマーケティング事業を行う理由

IT企業というと「理系」のイメージが強いかもしれないが、サンロフトでは文系学部出身の社員も数多く働いている。その一人である今井洋志さんは静岡大学人文社会科学部出身で、実は昨年夏に中途採用でサンロフトに入社した。

「もともと県内の信用金庫に勤めていたんですが、入社3ヶ月で辞めてしまいました。働いていく中で、地域に根付くだけでなく、時代の流れを感じながら創造性のある仕事をしたいという思いが強くなっていって。でも、行く宛もなく辞めてしまったので、あの頃は本当に困りました」

その後、大学のキャリア支援室の先生に相談し、サンロフトの松田社長を紹介してもらったのだそう。



△パステル事業部:今井さん

「ITって、地方にいてもどこにいても、色んな人と繋がって新しいビジネスやコミュニケーションを生むことができる。静岡から新しいものを生むことができて、そこに自分も携わっていけたら面白いと思いました」

現在、今井さんはパステル事業部という、幼稚園や保育園と企業をつなげる仕事をしている。企業が幼稚園や保育園に向けてPRしたい商品を自社の『パステルIT新聞』などを使って広報し、園に役立ててもらう。

「なぜ幼稚園や保育園?」と思うかもしれないが、サンロフトでは2008年から幼稚園や保育園向けのIT専門紙「パステルIT新聞」の発行等を行っている。保育士不足に悩む園をITによって支援することで、子どもに向き合える時間を増やそうというものだ。

「ITを活用することで教育が変わったり、当事者が笑顔になったり、間接的にいろんな分野・人に携わることができます。まだまだ発展していく業界だと感じますね。学生時代にやってきたこととは全然結び付かないんですけれど、逆に新しいことだらけで、毎日面白く働けています」


(過去記事:パステルIT新聞誕生秘話)→ http://gakuseinews.eshizuoka.jp/e1566175.html





人を幸せにするITの可能性

ITを活用し、地域社会や企業の問題解決を行っていくサンロフト。それは単純に機械やサイト制作のためのツールを売るというイメージから脱してこそ実現できる。

「いま、僕らが行っているビジネスや教育保育に留まらないほど、ITが幸せにできる分野は広がっていくと思います。例えば地方創生が言われているけど、IT抜きでは難しいんじゃないかな、と僕は思うんだよね」

さらに、ITが幸せにする分野の一つに、松田社長は「お客様の存在と会社という場所から得られる自分たちの喜び」を挙げた。




「ユーザであるお客様に近いというのはサンロフトの一つの特徴だけど、やはりお客様の幸せは、僕らの喜び、幸せに直結します。あと僕は経営者なので、お客様が社員をほめてくれる瞬間が嬉しい。会社という器の中で、色んな人が喜んだり、成長できる。会社という場所は凄く良い場所だなって思うんですよね」

そんなサンロフトが求める人材像は、「勉強好き、素直、プラス発想」。その中でも「素直な人」が大事なのだそう。上司から何かを頼まれたとき、それは上司が過去に経験したことであって、「絶対お前のためになるから」と思って振ってくれた仕事。それを一度受け入れて、「プラス発想」で取り組める人、そして原理原則や基本を手間ひまかけて「勉強できる」人。他業界とは比べ物にならないスピードで変化していくIT業界だからこそ、この3つの連動が仕事にも、個人や会社の成長にも効いてくる(了)


◉取材をおえてーー
社員と社長との距離が近く、働いている方の笑顔が魅力的でした。取材中に「実現したら面白そう」というプロジェクトが次々にあがってきて、ITから広がる可能性や夢を社員全員で試行錯誤し、向き合っているのだと感じました。従来のIT業界のイメージをこえた提案ができるのは、サンロフトさんがお客さんに近い立場だからこそ実現できるのだと思いました。

(取材・文/望月麻衣(常葉大学4年)、取材/菊池舞子(常葉大学4年))


   株式会社 サンロフト
 創業   1992年
 従業員数   52人
 事業内容   WEBサイト制作、システム開発、幼稚園・保育園のIT化支援
 職種   営業、デザイン、開発、広報・マーケティング、総務・経理
 仕事内容   WEBサイト制作、システム開発ほか
 給与   月給215,000円~(大学卒)ほか
 問い合わせ   http://www.sunloft.co.jp/
※募集期間や募集人数などの詳細はHPをご覧下さい

JR三島駅〜日本大学三島キャンパス〜極私的、古地図研究会

古来より大切な場所というのは、時代がかわり、大切さの意味が変わってもなんとなく維持されるものだ。知の拠点である大学もまた、そうした場所に建っている。今回の舞台は、三島駅から日本大学、順天堂大学を有する三島市。三島に残る水流と溶岩を辿った。富士の湧き水のせせらぎが聞こえる「水の街・三島」を支えたものとは?





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(1)三島駅 

△富士山の溶岩は三島駅まで流れてきたため、溶岩の割れ目から湧き水が湧いた。


△【三島駅南口ロータリー】駅から楽寿園方面に向かい、湧き水が流れている。
ロータリーの柱や写真手前に置かれているのも溶岩石。



△三島駅前交差点。


△今回、三島市を散策した古地図研究会メンバー。撮影した写真を確認したり、構図を決めたり三者三様の図。


△【三島コロッケ】箱根西麓でとれた三島馬鈴薯でつくったコロッケ。ご当地グルメとしては外せない!

(2)順天堂大学 三島キャンパス 

△北口に位置する旧校舎は戦時中、陸軍の連帯が置かれていた。

(3)楽寿園

△皇族の別邸だった楽寿園。かつては富士の伏流水が溢れた小浜池だったが、現在は工業用水により枯れてしまった。


△【藍染院跡の溶岩塚】楽寿園近くに位置する溶岩塚。一万年ほど前の富士火山の溶岩が流れ凝固したもの。


△立派な木の幹に重なっている岩も、溶岩の名残。


△街中にはいたるところに水にまつわる仕掛けやオブジェが置かれている。これら三島の水は、狩野川へ合流する。



(4)桜川

△楽寿園近くの白滝公園を流れる。きれいな湧き水と触れ合える公園で沢山の市民の姿がみられた。


△小川の淵にある、ふつふつ穴が空いている石がかつて溶岩だったものである。


△お昼ご飯は、三島広小路にある「ディレッタントカフェ」へ。

△落ち着いた店内で、ランチメニューをいただきました!ほか、海鮮も楽しめるお店。

(5)三島大社

△源頼朝が立ち寄ったことでも知られ、昔から武家に重宝されており、現在も多くの人が訪れている。


△「三島大社にきたら、おみくじ!」ということで、ひいてみたら、なんと大吉!誠にめでたい。




△【市ヶ原廃寺社】三島大社の門前町はかつて「市ヶ原」と呼ばれ、市が開かれ賑わっていた。その名残がシャッターに残されている。




△写真奥が三嶋大社。三嶋大社へと続く「市ヶ原」と呼ばれた通り。

(6)三島広小路駅

△三島大社から西へ進んだ広小路駅には大正時代に遊郭があった。現在は三島市内でも随一の繁華街である。



(7)三ツ石神社

△【三ツ石神社】境内にある時の鐘は江戸時代から人々に親しまれている。戦時中には軍専用に使われ三島の歴史を見守ってきた。


△【源兵衛川】富士山の伏流水が湧き、楽寿園内小浜池を水源とする源兵衛川。








△カモ発見!さらに、画面をよくみると希少なカワセミの姿も。




△【大中島会館】大中島は広小路駅近辺の旧地名。内陸の場所の名に「島」が使われているのは縄文海進期の海岸線と関係があるかも。


△【玉川池】清住町付近にある玉川池。丸池とも呼ばれている。湧水池で、戦国時代の古文書にも記述が残っている。


△ゆっくり陽が暮れていく三島のまち。




△スタート地点の三島駅では、竹のオブジェがライトアップされていた。

歩いた場所「三島駅〜清住町」
楽寿園や溶岩塚、桜川はJR三島駅南口より徒歩3分。楽寿園から東へ進むと三島大社、西へ約20分進むと三石神社、三島広小路駅、三島遊郭跡がある。なお、市ヶ原は三島大社門前のエリアに市する。

訪れたカフェ
▷ディレッタントカフェ[dilettante cafe]
住所:静岡県三島市緑町1-1
facebook:https://ja-jp.facebook.com/DilettanteCafe

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あわせて読みたい!【古地図研究会】シリーズ
2015/11/20
静岡県の大学は、古代聖地の上に立っている!? 〜6千年前の静岡県地図を辿る〜
6千年前の静岡県と大学の位置関係の謎を大調査!


2016/02/11
常葉大学瀬名キャンパス〜【極私的、古地図研究会】
古来より大切な場所というのは、時代がかわり、大切さの意味が変わってもなんとなく維持されるものだ。例えば、知の拠点である大学は、古代の陸地と海の境に位置するなど奇妙な関連性がある。今回は、草薙駅から常葉大学周辺の瀬名を歩き、静岡県の土地に眠る記憶を探してきた。

働く私の静岡時代〜株式会社江﨑新聞店〜


充実すぎるサポートに夢をみたくなる

静岡市葵区にある株式会社江﨑新聞店は今年で107年目を迎える新聞販売店だ。
近年、経営上の効率の良さから配達員のアルバイト化が進む中でも、江﨑新聞店では昔ながらの「一人の社員が一つの区域を担当」するシステムを採用している。

担当区域における「配達」「営業」「集金」の全てを、社員1人が行うのだ。
夜中2時半からの配達、自らの配達エリアに1000世帯を抱える営業、銀行マンのように1円まであわせる集金……。アルバイトではなく、正社員が行うのにはそれだけの理由がある。

「新聞配達を目的化するのではなく、自分自身の人生を豊かにする“手段”として考えれば、こんなに学びの多い仕事はない。大きな意味で言えば、江﨑新聞店は“器”であり、“手段”です。このツールを使って、どれだけ自分の可能性を広げられるか、他にはない強烈な修行の場になる」

江﨑新聞店の江﨑和明社長は、新聞配達の仕事は社会に出たばかりの若者たちが学ぶには最高の場面だと語る。





3年前にはじめた江﨑新聞店の人材育成システム「CC職」


江﨑新聞店には、「CC職」と言われる独自の新卒採用・育成プログラムがある。入社3年後のキャリアアップ、独立支援を前提として、配達・集金・営業の3方向からCommunity・Connect・Coordinateの3Cを体現し、自己成長を実現する正社員を育成するというものだ。

驚くことに、3年間勤続した社員には独立支援金として100万円が支給される(※独立せずとも支給される)。さらに、社員による会社への積み立て支援制度があり、月々の給料から8600円を積み立てるともう百万円、さらに17400円を積み立てればもう100万円、合計300万円を手にすることができる。

「『夢を叶える力』というのはとてもシンプルで『資金』と『能力』なんですよ。よく『成長』と言われるけど、『成長』というのは体験や理念の上にあって、あくまで結果です。大事なのは成長して何をやるか、何をやるかを決めた時にどうしたらその夢に近づくことができるか。その時に必要になるのは決定的にこの『資金』と『能力』なんですよ」

CC職の発起人である江﨑新聞店の江﨑和明社長は、他企業ではあまり直接言われない、けれど社会に出たばかりの若い世代にとって必要な生き抜く力の実現を支援したいと語る。




10年前、江﨑社長が社長の立場になった時に大きなテーマが2つあったと言います。それが人材育成とグループ経営です。

「新聞業はこれからも残っていく仕事ではあるけど、マーケットとしてはなかなか今までのようにはいかない。国内のサービス業はみんな少子高齢化の影響を受けますし、メディアの変換期である今を乗り越えいくには新聞を中心としたグループ体制をつくらなければならないと感じていました」

江﨑新聞店には、静岡オリコミ、静活という映画の会社、そして新聞コンビニ卸業を行う静岡ソクバイなどのグループ会社がある。静岡ソクバイは、江﨑社長が33歳の時に立ち上げた会社だ。コンビニが世の中に一斉に普及したときに、新聞の売り先として新たに開拓した。

さらに近年も牛乳や乳製品などの健康食品宅配サービスを開始。牛乳配達は折込広告の企画・制作などを手がける静岡オリコミが担当し、江﨑新聞店は営業を行っている。グループ会社が互いの強みを生かし連携することで、顧客の健全な生活まで目を向け、地域の安心・安全をより高めていくことが狙いだ。

「従来どおり新聞配達により防犯・防災を喚起する一方で、健康食品で地域の方々の健康を支えていきたい」というのは営業部課長の望月和明さん。人々の暮らしに寄り添う宅配の新しい価値を生み出すことが出来たらと話す。



「いくら地域の安心・安全を考えても、まずはお客さんが健康でなければ意味がない。本社の健康食品宅配サービスは、そういう考え方からはじまりました。いま流通業界では、お客さんまでラストワンマイルという、なかなか越えられない壁があるんです。配送員不足で、ワンマイルがどこもうまくいっていないんですよ。江崎新聞店は、その壁を乗り越えたい。そのためにも、今後、ひとりひとりの配達員がお客さんの自宅地域を知り尽くしたプロになれば良いと思うんです」

新聞配達と牛乳宅配。一見すると何のつながりもなく感じる業務だが、江崎新聞店は創業100年の実績と地域との信頼関係を活かすことで、「宅配」という仕事に新しい価値を上乗せし続けている。

「新しい事業をはじめてもお客さんが快く受けいれてくれるのは、先代の配達員たちが新聞をしっかり届けて、お代もいただいて、お客さんに感謝してもらうという循環を崩さなかったからだと思います。区域社員がお客さんと接していることで、グループの特徴も十分に活かせる事業となりました」




こうした新聞中心のグループ形成と表裏一体とされるのが「人材育成」だ。新聞の現場をタフに切り抜けることができ、そして新聞をベースにして映画の興行や広告、コンビニへの売り込みなどを展開できる人材が必要になる。

このCC職という新卒採用・育成プログラムは、そうした大きな意味でのメディア販売、今後のグループ展開を見込んだ上で「どのような形であれば新卒を育てることができるかを意識し、組み立てたものだと言う。



「モルモットになってくれ」と社長に言われた


この人材育成システムの「0期生」として昨年3月に3年間の育成期間を修了した三島裕司さん。実は入社一ヶ月前までは新聞販売店で働くことになるとは思っていなかったそうです。

「僕は学生の頃からずっとパイロットになりたかったんです。ずっとそれ一本で目指してきたんですが、夢破れてしまって。そんな時に見つけたのが江﨑新聞店のHPでした。ちょうどCC職がはじまった頃で、そこに何か面白い縁みたいなものを感じましたね」

——縁、というと?

「江﨑新聞店の初代の鋹兵衛さんも最初はパイロットになりたかったそうです。不思議な縁を感じましたし、実際に社長との面談で「モルモットになってくれ」と言われたんですけど、前例にないことにチャレンジするのもなかなか面白いなと思いました」

さらに、他の会社であればそれなりに明確な目的がある人が入社するようにと絞られている中で、江﨑新聞店の「入ってから見つければいい」というスタンスにも惹かれたそうだ。




江﨑新聞店の3年間の研修は、3年で「経営者としての能力」を身につけることが目標だ。1年目、2年目、3年目それぞれに、「一人前の社会人としての能力を習得」、「店のリーダーとしての能力を習得」、「経営者としての能力を習得」というテーマが設けられている。日々の配達の仕事をする傍ら、月に一度、社長や幹部が同席する会議があり、経営者の視点を学ぶそうだ。

「まずスピード感が違います。おそらく他社で言えば3年目というのはまだまだ新人というか、覚えている仕事も1年目とそれほど変わらないと思います。一方で僕たちは他業種の社長の講演を聞かせてもらうなど、2年目や3年目は特に濃い期間を過ごしました」

プログラム修了から3ヶ月、「今でもそう思う」と振り返る三島さんに前述の他業種の社長講演について詳しく聞くと、小売業や飲食業、設備業など、0期生のメンバーが関心のある分野で活躍する現役の社長を呼び、「この仕事を君たちが始めるなら」、つまり「社外」の仕事をテーマに経営を学んだそうだ。



新聞配達員が“全く関係のない社外”の仕事を研修で学ぶ理由


もともとCC職という仕組みをつくった背景の一つに「サービス業における3年以内の離職率」がある。

「業種によって差はあれど、サービス業における3年以内の離職率はだいたい半分くらい。そうであれば逆に、その3年間を自分自身の可能性を広げるのに思い切り使ってほしい」

その思いは江﨑社長の実体験がベースになっているそうだ。

「僕は大学を卒業後、静岡新聞社に入りました。そこで出会った結婚相手が江﨑新聞店の娘さんだったんです。結婚を機に、入社1年半で辞めることになって、24歳のときに新聞配達の世界に入らせてもらいました。一つの会社で一生勤めるつもりでいても、人生何が起きるか分かりませんからね」
 
この3年、0期生を見守ってきた江﨑社長も、0期生である三島さん自身も、まずは土台ができたと手応えを感じている。

なかでも、三島さんが印象に残っているのは3年目にシンガポール行った海外研修。研修では、現地の銀行で働く20代後半の若手スタッフと交流。日本語、英語、マレーシア語、中国語など語学が堪能で、その上、江﨑新聞店から依頼していた「日本の新聞業」をテーマとしたレポートを易々と書いてきたそうだ。

三島さん「とにかく人も町も成長している雰囲気を体で味わってきました。その時に、これから未来で戦うべき相手はこっちにいるんだと感じましたね。もっともっと勉強して、色々な経験を積んでいかないとという気持ちになりました」

江﨑社長「まさに受け止めてくれた通りの話で、彼らが戦う相手というのは、間接的には企業対企業の戦いなんですけど、今はどんな企業も世界とつながっています。視点を大きくすると、日本の、この静岡で行っている我々の商売も、実はこのままのパッケージでバンコクにもっていけるんじゃないかとかね」

日本の戸別配達のレベルが実はとても高いレベルだと体感したことは、会社側が0期生、次代に伝えたいこと経営意識であり、視点を大きく変えるきっかけになった。





人材育成システムに、児童心理学が関係している?


江﨑社長「余談ですが、実はCC職のプログラムの組み立てには児童心理学が応用されているんですよ」

江﨑社長は過去に静岡大学付属幼稚園の評議員を務めていたこともあり、当時、幼稚園のプログラムづくりに関わったそう。

おさらいですが、江﨑新聞店のCC職のプログラムは、1年目は「1人前の社会人としての能力を習得」、2年目は「店のリーダーとしての能力を習得」、3年目は「経営者としての能力を習得」というもの。それぞれ体力、理性、人格の3つで能力アップを図る。

江﨑社長「これはね、幼稚園の目標で言うと、1年目は『元気に園に通える体になりましょう』、2年目は『先生の言うことを聞けるようになりましょう』、3年目は『お友達と一緒に遊べるようになりましょう』ということです。素晴らしいと思わない?僕ね、人間の成長のすべてが入っていると思った」

人並みの仕事ができるというのは1年目に必要で、次はそれを導く視点や言語化する力が必要になる。自分自身をコントロールするという意味でも不可欠な力だ。そしてそれらがその人自身の人格を形成していき、後々には一つの組織を率いていくような経営者となる。

「社会人も一緒だよね」と話す江﨑社長の言葉に、取材陣も視界がまたひとつクリアになった。



江﨑新聞店パンフレットより



体力・理性・人格+「江﨑新聞店にしかないもの」


一方で、体力・理性・人格はどの仕事にも必要で、それらを成長させる構造はどの仕事にもある。しかし、江﨑新聞店には他の仕事と決定的に違う要素が2つあるそうです。

「まず地域とともにあること。抽象的な概念のコミュニティではなくて、何丁目のどこそこのおばちゃんだとか、完全に顔がみえるコミュニティと直面する。もう一つは新聞というメディアをベースとしていること。僕らの売っている新聞というのは、社会常識そのものであり、それ自体がものすごく強力な中身なんです」

例えば、新聞に掲載されたことで社会的生命を絶たれることがある。もちろんインターネットにも流れているけれど、ネットニュースのベースはすべて新聞の取材だ。江﨑社長も日経新聞などを見ながら経営戦略を組み立てているため、新聞に掲載された情報が間違っていたら会社が倒産してしまいかねない。それほどメディアを売るということは人や組織の人生を左右し得る強力なものなのだ。

そんな体力・理性・人格の3要素に、「一対一の地域の関係」「メディアそのものを扱うこと」を掛け合わせる形で、3倍速の成長を促していくのが江﨑新聞店という会社だ。

「この3年間の育成プログラムは成功だったなと思っています。新聞の仕事の持つ厳しさとか、お客さんや仲間との密度の濃いやり取りとかが、彼ら0期生の土台をしっかりとつくってくれた。次は、会社の中枢を目指すようなミドルマネジメント、新規事業に挑戦できるような人材に引き上げられるか、CC職の次の3年がまた大きなテーマです。僕自身も楽しみにしています」



挑戦できる環境だからこそ“わがまま”が言える人


当初は新聞販売店に勤めるとは思っておらず、大きな目的も言えなかったという三島さん。はじめは「どうして新卒の子が新聞配達を?」と地域住民の方から聞かれることもあり、自身が思う新聞配達の面白さを伝えられなかったり、固定観念のない新卒だから変えられることを形にできなかったりと悩む時期もあったと言う。そんな三島さんがCC職の0期生として最初の3年を修了した今思うことは、「わがままを言って、いろいろなことに挑戦したい」ということだそうです。

三島さん「どんな仕事であっても作業と考えてしまうと退屈な部分が大半を占めてしまう。単純そうに見える新聞配達・営業の仕事にもマーケティングや企画力が必要です。入社3年間で経営者の視点まで経験させてもらえるので、どんどんわがままを言って、自分で仮説を立てて挑戦していきたいですし、そういうわがままを言えるような人と働きたいですね」

江﨑社長「わがままだったと思うね(笑)。当時はわがままを貫き通す土台がまだ弱かったものだから、これからが楽しみですね」

三島さん「これからは貫き通したいと思います。今後は新聞業界も大きく変わって行くだろうし、変わらざるをえなくなってくる。だからこそ、やはり今までのやり方に縛られずに考えられるようにしたいです」

——江﨑社長はどのような人と働きたいですか?

「人ってね、『選ばれる、流される人』か『選ばれる、立ち向かう人』か、2種類しかないと思う。僕はやはり人生の主人公は君たち自身だと思っている。自分で選ぶ側に立ちたいという人を求めますね。何になりたいか分からなくてもいい。でも、わからないまま、なんとなく周りに流されるようにして生活して、3年経っても特に成長もない。そういう時に限ってリストラがあるとかね。そういう人生を送ってもらいたくない。だったら、自分の人生の主人公は自分だと、若い時期の時間を使って全力挙げて能力を高めて、いざという時の資金も貯めて、次の道をその体験の中から作りあげていこうと、そういう主体的な人に出会いたい」

「そうして3年経った時に、“どこにでも行けるし、なんでも出来るんだけど、この会社面白そうだからもう少し社長、付き合いますよ”というような人と仕事したい」と話す江﨑社長の表情は0期生はじめ、次の人材がどう育っていくのか楽しみだと言わんばかりの笑みだった。流されるように仕事を考えるのではなく、「自分」という人間とそのキャリア形成を考え、サポートする環境が江﨑新聞店には整えられている(了)


▷本インタビューの終わりに。
〜就活や仕事について考える全ての人へ〜


「どんな会社に入るよりも、ずっと大事なことはたくさんあります。たとえば誰と暮らすのかとか、ほんとうは何を目指すのかとか。そういう人生の重大な選択は、実は二十代前半の今ではなく、数年あとの三十前後に起きるものです。右に行くか左に行くか、人生の岐路に立つその時、あなたは決められる力をもっているか。夢の実現に耐えぬける基盤をもっているのか。私はその決断のとき、流されるのではなく敢然と立ち向かえる人財を育ててみたい。そしてその時、やっぱりこの社長と仕事してみたい、この会社でやってみたいとふたたび選ばれる企業グループでありたいと思っています」
――江﨑新聞店HPより 江﨑社長からのメッセージ


   株式会社 江﨑新聞店
 創業   1909年
 従業員数   360人
 事業内容   静岡市葵区駿河区全域(一部山間地は除く)の新聞・配達
 職種   営業
 仕事内容   新聞配達・集金・営業
 給与   大卒・大学院卒入社後6ヶ月 月給21万円(※ 期間終了後は固定給月給22万〜27万円)
 問い合わせ   http://www.ezakinet.co.jp/
※募集期間や募集人数などの詳細はHPをご覧下さい

働く私の静岡時代〜まちと人をつなぐ情報流通企業 株式会社しずおかオンライン〜

感動と行動を創造し、
地域の暮らしに幸せな瞬間を届ける


静岡市葵区にある株式会社しずおかオンラインは、「地域の暮らしに幸せの瞬間を届ける」ために、フリーマガジン『womo』や『イエタテ』、WEBサイト、スマートフォンアプリなどのメディアを創るベンチャー企業です。

しずおかオンラインの強みは、時代やユーザーに合ったメディアを通して、地域の人たちが求める情報を求められる形で届けること。しずおかオンラインのようにフリーマガジンやWEBサイト、アプリ開発、近年ではイベント開催など、時代に合わせたメディア制作、情報発信をしている会社は少ない。

さらに、サービスの開発(企画)から営業、制作、流通までを自社で一貫して行うため、制作に携わるスタッフは、企業やお店、書店などの店舗に自ら足を運ぶ営業(顧客担当)、編集・制作・マーケティングスタッフ、WEBデザイナー、システムエンジニアなど多岐にわたります。





静岡と東京を往復して、静岡の本を作りはじめた


今から23年前、しずおかオンラインの前身となる出版社フィールドノート社を創業した、株式会社しずおかオンライン代表取締役社長 海野尚史さん。



「地元の情報を地域の人に届ける出版社として創業しました。地域の情報と言っても、新聞やテレビが既に取り上げているような情報ではなく、“自分が知りたいけれど、テレビでもラジオでも新聞でも取り上げていない情報”です。個人的にもそうした情報をもっと知りたいし、日常生活の中に沢山あるような気がしていたんです」

創業した1993年はインターネットエクスプローラが登場する少し前。まだインターネットが普及していなかったことや、海野社長自身がそれまで東京で編集の仕事をしていたこともあり、一番身近な媒体として「雑誌」を選んだそうです。

「東京の元同僚のカメラマンやデザイナーに格安で仕事をお願いしました。当時はメールもなかったのでFAXで原稿を東京に送ったり、FAXでも送れない写真は郵便だと時間もかかってしまうので、新幹線で直接東京まで持ち込み、デザインをお願いしました」



頭の中の8〜9割は「本をつくること」だった

実は、海野社長が一人で会社を立ち上げてから、最初のスタッフを採用するまで、半年ほどかかったそうです。

「元々、組織や会社をつくることに対して意識が低かったんです。頭の中の8~9割が本をつくることに意識がいっていましたね。会社をつくることが目的ではなかったですし、要はやりたいことを実現するためにチーム(人)が必要だった。そして、その人たちが安心して仕事ができるように毎月給与を支払わなくてはいけない。お金がきちんと回るようにしていかないといけない。お恥ずかしい話ですけれども、最初の頃は月末の給与を支払う時に、「お金、大丈夫だろうか?」と慌てたくらいです。もちろん一度も支払いを遅滞したことはありませんけどね」

当時の出版社の売り上げのベースは販売収益。本をつくるのに2〜3ヶ月かかり、店頭に並んだ後、実際の売上が分かるのは半年から1年かかります。また、入金はその30日〜40日後であることが一般的です。

出版業はお金が常に先に出ていってしまうビジネスモデルで、普通の出版社はそれを解消するために、日本出版販売などの取り次ぎが本を納めた時点で一旦全て売れたことにして立て替えてくれるそうです。

「大手取り次ぎでは扱ってもらえず、資金繰りには苦労しましたね。創業から10年くらいは作りたい企画が沢山あったので、どんどん本を作っていたんです。数人しかいないのに、年間10冊以上もの本を作ったこともありましたね」



フィールドノート社創立から8年後、「しずおかオンライン」設立

「社員も大変、お金も大変。このままではやりたいこともできない」という状況を解決しようと、海野社長が取り組んだことは会社を二つに分けることでした。そこで誕生したのが、しずおかオンラインという会社です。





「しずおかオンラインという新しい会社を版元(企画)にして、フィールドノート社がその制作を行うという役割分担です。フィールドノート社は本を納めた時点で請求が立てられれば、お金の回収が早くなります。そして版元の方は自分たちが立てた企画で利益を出すために広告をきちんと売っていこうというように、それぞれの役割を明確にし、意識を高めていけるような形にしました」

しかし、売りたいものをつくりたい版元と、人手不足の制作部隊とで同じ1冊の本をつくることは、現場の対立を生むことになり、すれ違いが起きてしまったそう。

2006年、一つの会社に統合。書店で売る本だけでなく、2000年に創刊したフリーマガジンの広告売上比率を高めていくことで経営の安定性を確保していくようになりました。



しずおかオンラインが考える、地域の媒体社としての役割

海野社長は、しずおかオンライングループのミッション「感動と行動を創造し、地域の暮らしに幸せな瞬間を届ける」において、その幸せな瞬間をどう創造できるかが自分たちの大きな課題と言います。

生活者の中には家にいる時は新聞を読むけれど、通勤時ではスマートフォンで新聞の続きを読んだり、街に出たらフリーマガジンを手にとる人もいます。

「日常のシーンによって接触する媒体は違います。メディアごとにコンテンツの中身を編集するのではなくて、生活者の動線にあわせて情報を編集していくことが必要。その上で、自分たちが提供した情報を使って、幸せな瞬間・時間を過ごしてもらうことが出来てはじめて、地域の媒体社の役割を果たせると思いますし、自分たちもそこまでやりたいと思っています」






海野社長の「情報提供の先に、日常生活の中で幸せと思える瞬間・行動を生み出すところまで支援したいですし、街が活性化することで地域全体が経済的にも豊かになるような役割を果たしたい。それがうちのような地域の媒体社の役割だと思う」という言葉に、しずおかオンラインのグループミッションにある「幸せ」の意味が初めて腑に落ちた気がしました。


「“自分の使いたい”をつくる」

しずおかオンラインのメディアづくりにおける一つの判断材料は「そのメディアで今日一日をどう楽しく過ごせるか」。

「うちの会社には、「自分の使いたいだけを創る」という標語があるんですよ。僕も今は静岡市民ですし、社員も静岡や藤枝、浜松、三島など地域は様々ですが、みんな一人の生活者です。自分の中に読者がいるはずだし、そこにきっと読者が何を求めているかのヒントがある」

ただ、それには自分の気持ちの中に下りていくことが必要です。ある部分までは下りていけても、そこから先にさらに掘り下げていくことは意識しないとできない、とのことでした。

「アンケートで見えてくるものも確かにありますが、それはあくまで表層的なもの。その人がその質問をどう受け止めているのか、その人はそもそもどういう人なのかを掘り下げて初めて見えてくるものがある。それは自分も一人の生活者というところを軸に考えてみると、その中に答えが眠っていることがあると思います」




■Next→
【「出版社で働いて静岡の魅力を伝えたい……」。そんな時、『womo』と出会う」/
『womo』編集長 風間千裕さん】

働く私の静岡時代〜まちと人をつなぐ情報流通企業 株式会社しずおかオンライン〜

一度の広告掲載で終わらない『womo』の営業


入社2年目、『womo』営業課で飲食店を担当する東満里奈さんは、しずおかオンラインの営業について「一度の広告掲載で終わりではない」と語ります。



「『womo』の飲食店の営業はそのお店の“繁盛支援”が主な仕事です。ですから、『womo』や『womoグルメ』の広告提案をするだけが仕事ではなく、オーナーも気付いていないようなお店の魅力を引き出して、打ち出し方を考えるんです。流行っているものや成功事例など静岡県の飲食業界の状況や情報をふまえながら、メニューのことに関する提案もしています」

もちろん、提案に対してすぐに対応してくれる人もいれば、そうではない人もいますし、集客に結びついていなければ打ち出し方も変えなくてはなりません。

「本当に一回広告を掲載しただけでは終わらなくて、そのあとのフォローを全ての店舗でしなくてはなりません。フリーマガジン『womo』は毎月発行されますので、それに合わせた営業や制作業務が毎月発生します。1つ1つのお店のことを考えて進めていくのは大変ですね」

東さんの他、飲食店を担当するのは後輩1人。2人で1ヶ月に50店舗以上は回るそうです。







持っているようで持っていない「コミュニケーション能力」

新卒で入社し、6月には『womo』営業課に配属が決まり、自分の担当を持つようになったという東さん。一番最初に痛感したのはコミュニケーション能力不足だと言います。

「今までコミュニケーション能力不足を実感したことはなかったんです。むしろ、あるだろうと思っていました。でも、いざ仕事の現場に出てみると、思った以上にお客様と話をすることができなかった。フランクに接してしまうこともあって、それでクレームを起こしてしまったこともあったくらいです」

就職活動時に持っていたコミュニケーション能力と、実際に働き始めてから必要とされるコミュニケーション能力にギャップを感じたという東さんは、先輩を見ながら徐々にクライアントとの関係を築いていくことを学んでいったそうです。

「相手によって話し方や話す内容を変えていかなくてはならなかったんですよね。上司や先輩に相談にのってもらったり、ロールプレイングでクライアント役を先輩にお願いしたりして、「話を聞く・話をする」姿勢を克服していきました」



もつ鍋のコース料理を提案。売上が前年比大幅アップ!

コミュニケーション能力や広告提案の仕方を先輩に教えてもらいながら、東さん自身が提案したメニューが実際にお店で採用され、反響を呼んだケースがあります。

「静岡市葵区にあるもつ鍋屋さんです。そのお店はもつ鍋がメインなんですけど、もつ鍋ではない新しい商品に力を入れて、メニューを展開されていたんです。美味しい食材や料理があるのに統一感がなく、もったいないなと思っていました。そこで、量は少なくても、看板メニューであるもつ鍋も絡めたコース料理にしたらどうかと提案しました」

クライアントも同じように感じていたところがあったようで、すぐに対応してくれ、結果、そのコースが流行って、売上が前年より大幅にあがったそうです。

「自分が提案したことがお客様に響き、さらに効果に結びついた。お店の商売繁盛の役に立てたことや、『womo』や『womoグルメ』を見てユーザーがお店に行ってくれていること、クライアントとユーザー双方に喜んでもらえることが何より嬉しいですね」





入社後2年、やっと一通りの仕事をこなせるようになってきた

「『womo』は女性がターゲットですから、ザ・居酒屋みたいなところをどうしても取り上げきれないことがあります。でも、そこを完全にシャットアウトするわけではなく、『食べログ』での広告掲載の提案をしています」

実はしずおかオンラインのグループ会社である「もしもしグルメ」という会社は、『食べログ』の代理店でもあるから驚きです。

「入社2年目で、やっと一通りの仕事をこなせるようになってきました。最近は、『womo』の企画に携わらせてもらう機会も増えてきたので、読者ニーズとクライアントニーズの両方をマッチできるような目線を養っていきたいなと思います。東京で流行っているものをやればいいというわけではありません。静岡に根差した提案を考えていくのが私のこれからの仕事ですね」



「素直、プラス発想、即行動」

自分の中の生活者目線を意識していくしずおかオンラインのメディアづくり。
「しずおかオンラインが求めるのは“素直、プラス発想、即行動”ができる人」と海野社長は言います。

入社前に自分が想像していた仕事と異なる場合もあります。希望していた仕事ができないことも、経験したことのないことに挑戦しなくてはいけないこともあります。

「様々な環境を自分に受け入れていく素直さは必要ですし、苦しい状況であっても前向きに考えてみる。考えるだけでは分からないので、実際に行動してみる。行動した結果をもう一度素直に受け止めてみる、というように循環していける人。なかなか人は素直になれないものです。自分もなかなか出来ないからこそきちんと考えて、少しずつでもそういう人になりたいな、近づきたいなと思っていますし、うちの同じ仲間、メンバーにもそういうふうな気持ちで仕事に取り組んでもらいたいなと思っています」




■株式会社しずおかオンライン
創業  1993年
従業員数  84人
事業内容  メディア事業、セールスプロモーション事業、流通事業
職種  総合職(情報コーディネーター:営業、マーケティング、編集、流通、管理、デザイン、システムエンジニア)
仕事内容  営業、マーケティング、クリエイティブ、流通
給与  月給200,000(大学院・大学卒)
問い合わせ  recruit@esz.co.jp
※募集期間や募集人数などの詳細はHPをご覧下さい

働く私の静岡時代〜まちと人をつなぐ情報流通企業 株式会社しずおかオンライン〜

「海野さん、見たよ」っていろんな所で言われます

「海野は“とにかくすごい人”。しずおかオンラインでは社長のことを“さん付け”で呼ぶんです。同じフロアで働いていて、みんなが「海野さん」「海野さん」と呼ぶので入社当時はあまり社長っぽくないというか、優しい、怒らない社長だなと思っていましたね」

そう語るのは、静岡県立大学経営情報学部を卒業後、しずおかオンラインで働いている風間千裕さん。今年で入社8年目で、2014年秋から女性向けフリーマガジン『womo』の編集長を務めています。




「でも、営業課長や編集長を経験し、より深く会社に携わっていくにつれて、海野の視点は、私が考えているよりもずっと先にあるな、と思うようになりました。先を見据えた中で、自分の意見があって、さらに妥協しない。海野自身もいろんな所に足を運んで情報収集をして、そこで得た知識を即座に現場に伝えてくれます。小さい会社ならではのフレキシブルさがありますね」


「出版社で静岡の魅力を伝えたい……」。
そんな時、『womo』に出会った

もともとクリエイティブな仕事に憧れがあったという風間さん。
大学でマーケティングを学び、企業の商品開発やコンサルティングに携わっていく中で、静岡県にある「まだ知られていない魅力的な人や財産」を伝えたいと強く思ったそうです。

「私は“憧れ”でほぼ調べずに入社しました(笑)。ですから、入社後、『womo』の営業に配属されたばかりの頃は、「自分の好きなお店や気になるお店を取り上げる」といった漠然とした出版社のイメージが崩れましたね。やはりフリーマガジンは広告収入で成り立っている所があるので、一軒一軒営業に回ります。『womo』を知らないお客様もいますし、軽くあしらわれてしまうこともあって最初は本当にショックでした」

そんな中でも、自分のお客様が少しずつ出来ていく中で、大学中に味わったような「この人たちの魅力をもっと伝えたい」という気持ちが強くなってきたという風間さん。
しずおかオンラインのスタッフが家族のように優しく、厳しく接してくれたことが支えになっていると言います。





「この媒体がより成長していくために」

風間さんはその後、営業課長を経て、憧れだった『womo』の編集長に就任。
「営業はユーザーのニーズと、クライアントの要望とをマッチさせることが仕事。私自身が営業の頃は、どちらかというと「クライアントのために」という気持ちが強くなりがちでした。でも、編集に異動してからは全体を俯瞰して、“『womo』がより成長して行くためにどうしたらいいか”という視点を大切にするようになりました」

それまでは、時間があればやろうかなと思っていた情報収集をより重視するようになり、本屋に行くだけでなく、フリーマガジンやアプリなどのメディアを活用して成功している他府県の事例を勉強しているそうです。

「情報を扱う会社はスピードが重要です。もともと私は石橋を叩いて渡るような性格だったんですけど、“まずやってみる”“即行動”が少しずつ出来るようになりました。深刻に考えすぎずにポジティブに考えられるのは、この会社の風通しがいいからこそだと思いますね」



『womo』というコミュニティの中でフリーマガジンをどう活用するか

創刊から10年以上が経つ『womo』は、ユーザーの生活にもとても根付いていて、現在は静岡版8万5000部、浜松版6万5000部を発行。

「ウェブやアプリなど多様なメディアがある中で、フリーマガジンとは何か、会社内で議論になるんです。ユーザーは、フリーマガジンだけでなくウェブやアプリから情報を取得します。しずおかオンラインはイベントやセミナーも行っていますが、最近ではそうしたイベントでも人が動いていますね」

様々なメディアがある中でフリーマガジンの魅力とは何でしょうか?

「私も出版社に憧れて入社した身から、「フリーマガジンをどうつくっていこう」ということばかりにとらわれてしまいますが、おそらく考え方の起点は、多分そこではないのだと思います。womoというコミュニティが出来ていて、その中でウェブやフリーマガジンをどう組み合わせていくか、イベントをどう運営していくかということを考えていく必要があるなと感じています」

『womo』編集長の風間さんのこだわりは、「人を動かすこと」。心の変化だけでなく、身体の変化、つまりアクションにまで結びつけることです。

「womo合コンも開催しているのですが、そこで出会って結婚したという報告をもらったりするんです。明日行く飲み屋を探すという日常のちょっとしたことから、人生のパートナーを探すきっかけまでも提供していると思うと、すごく身が引き締まるんですよ」




風間さんはクライアントやユーザーの満足度や静岡に対する貢献度を高めていくために、「PDCA」を意識していると言います。「PDCA」とは「Plan(計画)」「Do(行動)」「Check(評価)」「Act(改善)」の略。

「ニーズが多様化し、かなりのスピードで変化しているからこそ、素早く目的と仮説を立てて、まずはやりきる。少しやっただけでは分からないからチェックがとても大事です。そして次につなげていくことが当たり前なんですけど、とても大事で、続けるのが難しいんですよ」

「飲み会を月に一回しかしない人がたまたま『womo』の飲み会特集を見て、「今日行ってみよう」と回数を増やしてみたり、バレエに興味のなかった人が偶然バレエの広告を見て通いだしたり、潜在的な興味に対して気付きや出会いを与えることにフリーマガジンは強い。ウェブは多少、目的意識があって調べる人が多いですから、その前段階の人たちにアプローチできる素晴らしいメディアだと思っています。「行ったことのない」人を動かし、その人たちが動く層になっていくことで生まれる人数的な変化は大きいです。そういう潜在的なニーズを引き出していけるようなメディアに成長させていきたいと思っています」


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【「一度の広告掲載で終わらない。」アフターフォローの行き届いた『womo』の営業戦略/
『womo』営業課 東満里奈さん】

「ワークルールを知っておきたい3つの理由〜『ワークの掟』より」

わたしの「働きたい」を最大化する大学生必読本『ワークの掟』より
大学生や高校生への労働教育普及を支援する株式会社アウトソーシングの土井社長を突撃訪問!社会や会社がワークルールを学生へ広めることの意図と期待とは?実はワークルールは社会と会社と働くわたしをつなぐ良循環の起爆剤であり、新たな強みでした。



土井 春彦さん(写真:左)
株式会社アウトソーシング 代表取締役会長兼社長。
2014 年4月から若年層への労働教育普及を目的に一般社団法人ワークルールへCSR 活動を行う。土井社長曰く、「ワークルールさんの良い所は求職側と求人側の両方の観点から講座を行うところ」。お酒が好き。

◉株式会社アウトソーシング
1997 年静岡市駿河区に設立。生産アウトソーシング事業を行い、生産の効率向上、ものづくり日本の発展を目指す。http://www.outsourcing.co.jp/

鈴木智子(写真:右)
静岡大学 大学院2年。静岡時代所属。院入学前は就職し働いていた時期がある。




幸運を呼ぶのは青い鳥だけにあらず


――ワークルールを知ることで、会社や社会、働き手にとってどんないいことがあるのでしょうか?
 
いつの時代も、特に学生世代は自分のやりたいことや夢を持っていますよね。就職すると、その夢と現実のギャップのようなものが発生するのですが、ひと時代前はどちらかというと会社や家族のために労働そのものを優先する時代でした。
 
しかし今では、自分のやりたいことを優先する時代に変わってきています。元々の雇用における既成概念が崩れてきたんです。となると、日本は法治国家ですから、働き手がルールをきちんと把握して、理解していくことが一層大事になってきます。ルールを知らないばかりに働き手のエゴになってしまっては、求職側も求人側もお互い不幸ですからね。
 
また、働き手や会社がワークルールを身につけることで、働き手や会社、社会の三者にとって良いスパイラルが生まれます。まず会社というのは、人を採用していかないと成長していきませんよね。人間はとった年は戻りませんが、会社は新しい人が入ることによってどんどん若返るんです。会社の持続性、発展につながる人たちが、働くことに対して良い理解のもとで入社するということは非常に重要なことです。雇用のミスマッチを減らせる可能性もありますからね。これは会社のパフォーマンスの向上につながる話です。最終的には、それらのイコールが社会貢献なんです。求職側も求人側もワークルールを知ることで、人が育ち、会社が育ち、社会がよくなっていくんです。

しかし、本来であれば会社が教えていかなくてはなりませんが、個々の会社は時間的な問題もあり出来ていないのが現状です。就職ガイダンスなど、自分たちの会社や仕事の内容を伝える場はあっても、もっとトータル的に労働法を含めた働く人の権利や義務、ルール、社会に出て働くとはどういうものかを伝える場はないわけです。




――企業側でなかなか労働法が守られていない実情もありますよね。つい会社任せになってしまいますど、会社も全部を知っているわけではないということが、働き手や会社にとってのこれからの課題だと思います

そうですね。時代に伴い、雇用における考え方も労働法も変わります。さらに昔と違って、変化のサイクルも早いです。たった四、五年でも全く違います。そもそもブラック企業という言葉もなかったですから。

社会人になってからだと日々の業務に追われて生活のなかで埋没してしまう可能性がありますから、学生のうちにワークルールを身につけておくことが大切なんです。しかし、学生(求職側)はもちろん、企業側もなかなかその変化を把握することができません。だからこそ、一般社団法人ワークルールさんのような日々学生に接している人たちが、時代の流れに沿ったワークルールを広めていただくことを非常に期待しています。






――ワークルールを考えるうえで「権利を主張しすぎたら会社に嫌われるのでは」という不安もあります。会社のトップたる社長はワークルールをどう捉えていますか?

働くうえで権利を主張する前に義務を果たすというのは、企業側も全く同じことが言えます。例えば、企業側の従業員に対する義務は、労働法を遵守し、従業員が安心して働ける環境をつくることです。企業側は従業員に対して、生産性の向上など、仕事において最高のパフォーマンスを求めたいものです。ですが、そうであれば、まずは企業の義務を従業員に対して全うしなくてはなりません。

加えて、今の日本は少子化が進んでいます。企業の数が減っていかない限りは、企業は年々新卒者をとりにくくなります。今後は企業側もワークルールを守り、教えることが、少子化における採用活動の一つのアドバンテージになると思います。企業価値やブランドを上げうる可能性をワークルールは持っているんですよ。そしてその会社の発展が会社のある地域の発展へつながるわけです。それをどう活用するかは、働き手と会社次第なんです(了)







■あわせて読みたい!ワークの掟シリーズ

わたしが働きたいと思う理由〜『ワークの掟』より
わたしの「働きたい」を最大化する大学生必読本:『ワークの掟』より「働く」には、自己欲求・社会欲求・生存欲求といわれる人間の三大欲求が集約されている。もともと人は働きたい生き物なの? 労働法の第一人者 大内伸哉先生に聞いた、人と労働の関係性。


静岡の社長直伝!時流を生き抜く術〜『ワークの掟より』
シリーズ:わたしの「働きたい」を最大化する大学生必読本『ワークの掟』ワークルールのあり方は、経済や社会と結びついている。そこで今回は、時流をサバイブしていくための経営学やワークルールの捉え方を、株式会社アルバイトタイムスの垣内康晴社長と株式会社サンロフト松田敏孝社長に伺いました。


デキる社会人は知っている。ワークルール四段活用〜『ワークの掟』より
普段、働いているときに実感する社会人のルールやモラルってどんなもの? 先輩の仕事術に学ぶ、ワークルールの「義務」の側面。株式会社静鉄ストアの看板社員 長嶋友唯さんに密着取材!しずてつストア千代田店の看板社員・長島友唯さんに聞いた!コミュニケーションと失敗の秘訣


▷『ワークの掟』制作協力

■一般社団法人ワークルール
2014年4月1日設立。
大学生、専門・専修学校生、高校生などの若者に対し、社会で働く上で必要な、ワークルールの基礎、多様な働き方の情報を身につける機会を提供している。また、労働法がわかりやすく解説した冊子『知っておきたい ワークルールの基礎知識』(通称:青い本)は現在静岡県版と全国版が発行され、キャリア支援関係者の他、大学・高校生のあいだで好評を得ている。
Webサイト→ http://www.workrule.jp

トラブルを減らすために消費者としてできること〜春からはじめる消費生活特集(4)

春からはじめる消費生活特集(4):『大学生のための消費者生活向上ハンドブック2015』より
静岡県の大学生、IT ベンチャー企業を立ち上げた学生起業家、地域の情報化支援を行う社会人を緊急召集!座談会テーマは「インターネットトラブルを減らすために、消費者として何ができるか」自分の選択に責任をもつために考えたいこと、トラブル回避術から、賢い消費者像を掘り下げます。



▷▷座談会メンバー(写真左から)

野村和輝さん
静岡大学人文社会科学部経済学科4年(※2015年当時)。静岡県出身。大学3年の頃、インターネットトラブル(アフィリエイト)に遭遇。友人の一言で回避した経験をもつ。

松田直子さん
NPO法人イーランチ理事長。2003年に焼津市を拠点に設立。地域の情報化支援と女性の社会参加を応援し、近年は青少年のインターネット安全利用のための啓発活動を行っている。

亀山春佳さん
静岡英和学院大学人間社会学部人間社会学科3年(※2015年当時)。静岡県出身。静岡県の大学生の総合メディア『静岡時代』編集部に所属。http://www.shizuokajidai.net/

亀谷貴史さん
静岡大学大学院農学研究科1年(※2015年当時)。広島県出身。2013年に起業し、株式会社Exclothesを設立。静岡大学の学生向けの不動産のポータルサイト「しずいえ」を運営。




「友人へ聞く・迷ったら代引き・悲劇はシェア」だ!


亀山:普段の生活のなかでインターネットトラブルにあったり、意識したりすることはありますか?

野村:詐欺の手口にひっかかりそうになったことがあります。アルバイトを探していた時に、原稿を書く求人をインターネット上で見つけたんです。でも、初期費用が五万円かかると書いてあって……。おかしいと思い、友人に相談したところ「それは詐欺だよ」と教えてもらい、なんとか回避できたんです。

亀谷:第三者の意見を聞くことはいいことですね。気軽に「どう思う?」と聞くだけで、ワンクッション置けるので冷静な判断につながります。ちなみに僕は、買い物はすべてインターネットで済ませてしまいますが、今のところトラブルにあったことはありませんね。

亀山:私もインターネット通販はよく使います。ただ、中古で頼んだものがイメージと違ったということがありました。説明には「新品同様」と書いてあったんですが、想像以上に劣化したものが届いたんです。相手に連絡をして、返品・返金に応じてもらいました。

松田:相手先と連絡がついたことは幸いでしたね。私もインターネットでよく買い物をしますし、忙しいときに上手にインターネットを利用することはとても便利です。ただ、インターネット通販は基本的にクーリング・オフができません。購入前に返品・返金に関して、確認することが大切ですね。

亀山:どうしても「大手の会社だから」という理由だけで信用しがちです。実際に、大手の通販会社は返品・返金に応じてくれるところもあるので、「インターネット通販はクーリング・オフできるもの」と思う人も多いと思います。静岡時代で行った大学生106人へのアンケート調査でも、「半数の学生がクーリング・オフできると思っている」という結果が出ました。




野村:インターネット通販は、クレジット決済による個人情報の流出も怖いですよね。

亀谷:僕は基本的にどのサイトもある程度は大丈夫だと思いますね。クレジット決済ができる事業者は、事前にクレジット会社の審査を受けています。何重にも審査がされているところであれば、クレジット決済の方が安全ではないでしょうか。

野村:でも、個人情報の流出を完全に防ぐことは難しいですよね。以前、2ちゃんねるの有料閲覧サービス会員のクレジットカード番号や電話番号などの個人情報の流出が問題になりました。

松田:インターネットには、セキュリティソフトやフィルタリングが機械的に守ってくれる範囲と守ってくれない範囲があります。個人情報やそれに紐づく情報は後者です。消費者側が意識を高く持ち、守っていく必要があります。「登録したらポイント付与」というのは、ポイントと引き換えに個人情報を売り渡していることと同じです。

亀谷:個人情報は、何かの会員になった時点で漏れているものだと思うんですよ。ある程度の情報をさらしてしまうことは、仕方ないと思います。





社会に毒あり、賢い消費者に免疫あり。


松田:そうですね。致命傷にならないだけの知恵を自分でもつことが大事ですね。さらに、最近の悪質なサイトは、生活の中によりナチュラルに入り込んでくるようになっています。バーバリーの通販サイトを真似てつくられた悪質なサイトもあるんですよ。

亀谷:実際に見てみると、偽物とは思えませんね。

野村:でも、割引率が異様に高いです。

松田:そう。83%って法外な割引率ですよね。よく見ると、電話番号もないですし、メールアドレスもフリーアドレスです。この三点を押さえるだけでも、かなり見極められます。




亀谷:なるほど。あとは、初めて使うようなサイトは、最初は代金引換がいいかもしれないですね。代金引換を導入するには、運送会社との間で一ヶ月くらいかけて審査をします。決済方法に代金引換があること自体が、信頼できると思います。

亀山:そういうことを知っていると、事業者側の信頼度を判断できますね。

亀谷:それから、知恵や知識を蓄積していく上で失敗も大事だと思います。そうしたなかで、トラブルも軽減されていくのではないでしょうか。

松田:致命的な失敗にならなければ、転んで学ぶものもありますよね。大人として生きていくためには毒も知らなくてはなりません。社会には悪質な罠があることを知り、免疫をつけることは大事です。


消費者ひとりひとりの選択次第で社会の「毒」を薄めていける


亀谷:仮に騙されたとしても、友達に話すことで周りが広めてくれます。トラブルに関する知識が広がっていけば、二次被害も防げますよね。

野村:僕も友人に相談したことでトラブルを回避できましたし、リアルでの相談は手堅いです。ついインターネットで調べがちですが、それが本当に正しい情報か分かりませんから。

松田:インターネットの情報は玉石混淆なんですよね。ステルスマーケティング(※)のような情報もありますので、上手に見極める目を育てていかなくてはなりません。まずは情報を疑い、出所を探ってみる。良い情報であれば友達に教えたり、自分で活用すればいいでしょう。

亀谷:お金の流れや仕組みを考えるだけでも、ベターな選択はできますよ。

野村:トラブルは複雑化しているので、選択はより難しくなりますが、消費者がモノをきちんと選べるようになれば、インターネットのいいところが伸び、産業発展にもつながるはずです。

亀山:被害が減っていけば、悪質なサイトは儲からず、淘汰され、いい会社が残り、インターネットはもっと安全に、明るいものになります。おかしいと思ったことを発信することで、社会にいい循環が生まれると思いますね。(了)


※ステルスマーケティング……消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をするマーケティングのひとつ。通称「ステマ」。





あわせて読みたい!春からはじめる、大学生の消費者生活シリーズ

ネット戦線、異常あり? ネットトラブルの変遷〜春からはじめる消費生活特集(1)
シリーズ:大学生のための消費者生活向上ハンドブック(1)情報過多なこの時代、私たちは何をもってモノを選択・行動すればよいのでしょうか?インターネットトラブルの専門家 原田由里さんに聞く、インターネットトラブルの変遷と今。インターネットは明るく、自由であれ!


トラブルVS大学生。知識で回避する術、あります。〜春からはじめる消費生活特集(2)
シリーズ:大学生のための消費者生活向上ハンドブック(2)静岡時代の調査によると大学生のトラブル遭遇率は6人に1人!中部県民生活センターの相談員にインターネットトラブルの傾向や防止策、対処法を聞きました。未成年から成年へと移行する大学生だから考えたい、モノを選択するうえでの責任とは?


情報社会は私たちの生活を良くするのか?〜春からはじめる消費生活特集(3)
シリーズ:大学生のための消費者生活向上ハンドブック(3)インターネットトラブルの多様化の背景でもある、情報社会や情報通信技術の発見。情報社会学の高口研究室を訪ね、最前線の情報社会のあり方・未来像を聞きました。

体感! 大学生の介護現場訪問録(4)ー介護老人保健施設マインド

連続特集:「人生の必修科目。大学生のための、”先取り介護学”」
静岡県の大学生が《介護現場》の実態を知り、現在とこれからの介護に何が必要なのかを紐解いていく介護施設訪問シリーズ。2015年からスタートしたこのシリーズでは、これまで「特別養護老人ホーム『晃の園』」「特別養護老人ホーム『ぬまづホーム』」「総合福祉施設『きじの里』」を訪問してきました。第4回目の訪問となる今回の施設は、藤枝市にある介護老人保健施設マインド。施設を利用するみなさんは、普段どんな生活を送っているのか。スタッフのみなさんはどのような想いで働いているのか。施設スタッフのひとりであり、介護の未来ナビゲーター・小泉和也さんの案内を通して、話だけではわからない、介護の本当の魅力や大変さ、イメージとは違う現場の空気を感じてきました。




■今回の《介護の未来ナビゲーター》は……



◉小泉和也さん
大学卒業後、マインドへ就職。勤務歴11年のベテラン介護スタッフです。定期的に開催される介護・福祉関係のイベントでは学生との接点も多く、「面倒見が良いお兄さん」として周りから親しまれています。


《加筆》
※《介護の未来ナビゲーター》とは?
若い介護職員が介護職の魅力などを情報発信し、若い世代の介護や介護業界への興味•関心を高めることを目的に静岡県が発足。以下リンク先では、「各ナビゲーターの介護現場経験談」や「介護の知識」などがご覧になれます。
https://www.pref.shizuoka.jp/kousei/ko-220/shigotozukan/navigator/

■取材者



◉松永果奈実さん。
静岡大学人文社会科学部4年。母親が介護職員で、介護の現場には日頃から親しみをもっているそう。今回の訪問で、暗いと思っていた施設のイメージが明るいものに変わったという。


■訪問施設
医療法人社団 平成会
介護老人保健施設 マインド

住所:〒426-0075
    静岡県藤枝市瀬戸新屋487-2


▷介護老人保健施設マインドは、在宅への復帰を目標に心身の機能回復訓練をする施設として、2001年(平成15年)に開設されました。建物は5階建てで、150名の入所者と120名のスタッフが在籍しています(2016年1月当時)。


▲介護スタッフ以外にも、看護師が23名、理学療法士が5名が在籍しています。


利用者が活躍できる、マインド流の開放的な雰囲気づくり


ナビゲーターの小泉さんの案内で施設内部に入ってすぐ、まずは1Fのワンフロアがとても広く、開放的な空間であることに驚きました。フロア中央部に設置されたソファでは入所者の方々が楽しそうにおしゃべりをしていたり、その近くでは地域のパン屋さんが出張販売にきて、焼きたてのパンを購入できるスペースがつくられていたりしました。「マインドは清潔さを保ち、体の不自由な人でも充分にくつろいでもらえるような空間を全階につくってあるんです」という小泉さん。広い空間であれば、入所者同士がぶつかり怪我をする心配も減ります。また、明るい室内と人の行き来のある賑やかな雰囲気によって、閉ざされがちだという介護現場のイメージが払拭されました。


▲1Fはリハビリ室と相談室、レクリエーション室、大浴場が設置されているフロアです。

小泉さんの案内で、1Fのフロアからエレベーターに乗って最上階へ。最上階では、藤枝のまち並みが一望でき、夏の蓮華寺の花火大会が見られるそうです。2Fから4Fは入居スペース。2Fは個室が多く、3Fは大部屋、4Fは認知症入所フロアと利用者別に分かれています。また、各階の廊下は転倒防止のため、必要最低限のものしか置かないようになっていました。


▲個室内の写真です。ロッカーや引き出しなど収納具も揃い、狭さを感じない部屋です。



一方で、廊下の壁には入所者の方々が作ったり書いたりした作品が飾られていました。習字や生け花、手作りの人形などがあり、ちょっとした美術館で展示物を鑑賞している気分に。みなさんの活躍を見える形にすることで、笑顔になったり、喜んでもらえることが多くなったと小泉さんはいいます。







理学・医学の技術が充実している介護現場


マインドは医療をベースとした介護を行っているため、リハビリ機器はもちろん、作業・理学療法士や歯科・皮膚科・眼科医など、現場スタッフの人材も充実しています。2Fフロアのリハビリスペースでは、リハビリ中の入所者の方に遭遇。理学療法士の方の声に合わせて、おばあちゃんが一生懸命、手足を動かしていました。






▲館内移動中は、「こんにちは」と笑顔で挨拶を返してくれる介護スタッフの方たちの姿が印象的でした。よく通る声で、とても気持ちが良かったです。

また、スタッフの方たちは衛生面にも細かな気をつかっています。外出が多くなる年末や夏季など、インフルエンザや食中毒にかからないよう、施設内では消毒や殺菌を徹底しているそうです。常に清潔な環境や身体でいられるよう、入浴の設備も整っています。1F〜4Fまでの各フロアに風呂場があり、利用者の介護レベルや身長に合った浴槽が用意されていました。


▲入浴用リフトがついたお風呂。転倒防止フック、浴槽後端と本体側面の支えバーなど3カ所で身体を支えるため、安心して入浴ができます。

▲足の悪い方には浴槽をまたぐのが楽になるよう壁が低く設計されています。大・中・小それぞれのサイズの浴槽がありました。

▲1F大浴場の場内には散髪用スペースも確保されていました。

マインドのモットーは、「光とみどりと笑顔あふれる施設で心の通い合う温かい介護を行う」です。利用者の方が快適に楽しく生活ができるよう、不自由ない設備を管理し、接し方にも工夫を施しているそうです。また、利用者のご家族へのサポートも欠かしません。お互いに幸せな介護とは何かを考え、スタッフ一同、仕事にの臨んでいるそうです。

地域と施設の連携が鍵となる、介護の現場


施設を案内してくださった小泉さんは、マインドのモットーを継続させるためには、「施設で働くスタッフだけではなく、周辺地域との協力も不可欠だ」といいます。同じ顔ぶれや、同じ生活を送っていると、どうしても中に閉じこもってしまいがちになる。そうすると、気持ちもだんだん暗くなってきてしまいます。マインドでは、まちのパン屋さんや地元農家のみなさんによる出張販売を行い、利用者の方が地域の方と交流する機会を設けているそう。出張販売を楽しみにしている方も増えてきたのだといいます。

この日の訪問では、私たちも利用者の方たちに何かできないかと考え、みなさんと一緒に折り紙で富士山やニワトリをつくりました。教則本をみながら折っていきましたが、みなさん、手先が器用で驚きました。あるおばあちゃんは、綺麗にできたニワトリを「孫にあげるの」と嬉しそうにおっしゃっていて、一緒につくることができてよかったなと感動。「次はなにをつくる?」「うまくできただろ」というおじいちゃん、おばあちゃんの大きな声が挙がって、折り紙レクリエーションはとても盛り上がりました。




▲手先をつかう遊びは、利用者のみなさんのリハビリにもなるそうです。気さくに話してくれる方たちが多く、逆に元気をもらいました。







取材の最後に、介護の現場で働くことについて小泉さんにお聞きすると、やはり介護の現場は体力と精神力が必要で、同時に利用者さんとの関係を築くことも大変だといいます。
しかし、利用者さんとのコミュニケーションの中で、相手に『ありがとう』と言ってもらえることや楽しんでいる姿が、仕事のやりがいにつながっているそうです。また、マインドの母体である藤枝平成記念病院では最新の医療機器が揃っていること、専門スタッフの層を厚くすることで、利用者のみなさんの生活や健康を守っています。そのため、マインドにおいても、スタッフの教育や研修制度も整っていて未経験者の方でも心配なく介護スタッフとして働けるような現場づくりに力をいれています。




▶︎『介護の未来ナビゲーター』は静岡県内の若手介護職員が結集し、日々介護職にまつわる情報発信中。
今回お世話になった小泉和也さんもそのおひとり。
静岡県の介護の現場について、もっと知りたいと思ったら、以下のリンク先も要チェックです!
・HP:https://www.pref.shizuoka.jp/kousei/ko-220/shigotozukan/navigator/
・Facebook:https://www.facebook.com/kaigonomirai/


あわせて読みたい!《人生の必修科目。大学生のための、”先取り介護学”》

情報社会は私たちの生活を良くするのか?〜春からはじめる消費生活特集(3)

春からはじめる消費生活特集(3):『大学生のための消費者生活向上ハンドブック2015』より
インターネットトラブルの多様化の背景でもある、情報社会や情報通信技術の発見。情報社会学の高口研究室を訪ね、最前線の情報社会のあり方・未来像を聞きました。


■高口鉄平 先生
静岡大学大学院 情報学研究科 准教授。専門は情報通信経済学。最近の研究テーマは「パーソナルデータの経済的価値」。



情報社会は私たちの生活を良くするのか?


必ずしも良い方向にばかりは進まないでしょう。例えばアマゾンで何かを検索したら、その関係商品がおすすめされるようになりますよね。名前や住所だけでなく、購入履歴や検索履歴といったパーソナルな「情報」を使うことで、より個々にあった、きめ細かなサービスが実現できます。ただそれはつまり、情報がもっと使われるようになるということです。

経済学における情報には、二つの捉え方があります。モノやサービスの中身を知るための「情報」としての情報と、「財」としての情報です。特に現代は、情報自体が取引の対象、つまり「財」となります。うまく扱えば便利ですが、モノと違う財としての性質もあるので、形のあるモノとは全くの別物として考えなくてはなりません。

また、僕は、アマゾンの購入履歴といった「情報の経済的価値」を研究しています。経済的価値とは、要は「いくら?」という話です。トライアルの研究なので真の値ではないですが、購入履歴は平均で七千円、登録した住所などの個人情報にも7千円程度の価値が認められました。





仮にアマゾンと同じ商品が同じ価格で揃うショッピングサイトが出来たとしても、僕らは既に個人情報をアマゾンに登録しているし、ウィッシュリストや購入履歴があるから簡単には乗りかえないんです。経営戦略的には使用者にそれらの対価を払えば乗りかえると考えられます。ちなみに、さっきの研究ではブランドへの愛着は七千数百円でした。ブランドと同等の価値をパーソナルデータは持っている可能性があるんです。となると、価値を生み出す材料である僕らの閲覧履歴をタダで渡していいのか、という話になります。生み出された価値ある情報の取引を注意して見ていかないと、マイナスの方が大きい社会になるかもしれません。

今は情報が増えすぎて、全ての情報を一人の人間が集めることや、リアルタイムに全てを自分で理解することは難しい状況です。企業は検索キーワードが上位にくる工夫をしますが、その工夫自体は企業の本質ではありません。口コミがどれほど本当かという「情報」も僕らは持っていないんです。情報が増えているにも関わらず、不確実な状況が増えてきています。個人ではどうしようもありません。あえて言うと、世の中に出ている情報の100%を自分が手にしていることはないということを認識して、経済活動をしていくしかありませんね(了)




トラブルVS大学生。知識で回避する術、あります。〜春からはじめる消費生活特集(2)

春からはじめる消費生活特集( 2):『大学生のための消費者生活向上ハンドブック2015』より
静岡時代の調査によると大学生のトラブル遭遇率は6人に1人!中部県民生活センターの相談員にインターネットトラブルの傾向や防止策、対処法を聞きました。未成年から成年へと移行する大学生だから考えたい、モノを選択するうえでの責任とは?


▲消費者トラブルの現状と回避術のヒントを得に、静岡大学4年の野村和輝くん(取材当時)が中部県民生活センターへ!

大学生は騙されやすい?


ーー大学生が狙われやすいトラブルにはどんな特徴がありますか?
 
インターネットトラブルにあう人に、性別や年代の偏りはありません。ただ、大学生についての傾向があるとすれば、いまの大学生は小さい頃からインターネットや携帯電話に慣れすぎていて、サイト上に書かれていることに不信感を抱かず、トラブルに関する免疫がないと言えます。
 
しかし、近年のインターネットトラブルはますます複雑化しています。支払方法なども多様化していて、インターネットトラブルの相談件数は増加していますし、ネットを介したトラブルの相談に要する時間は非常に長くなりましたね。


ーーどのような事例がありますか?
 
大学生に多い事例は、架空請求、海外通販サイト、出会い系サイト、マルチ商法です。特に急増しているのが、海外通販サイトに関わるトラブルです。全て日本語で書かれているのに、実は海外事業者の運営サイトだったという事例や、実在する通販サイトをそっくりコピーして口座名義人だけ変えていたという事例もあります。ブランド品がかなり安く売られているので、学生もとびついてしまうんですよね。


▲中部県民生活センター内(みずの森ビル)。JR静岡駅南口から徒歩1分と、行きやすい場所にある。

このようなトラブルにおいて、お金を一度支払ってしまうと、返金は非常に難しくなります。さらに海外通販サイトの場合は、連絡先や所在が特定できず、相手と交渉することすら出来ません。最近は、そこまで安くないのに怪しいサイトも出てきているので、見極めも非常に難しくなってきています。


シュミレーションが、トラブル回避の第一歩


ーートラブルを未然に防ぐことはできるのでしょうか?

リアルな世界では不審に思えたり、自分で考えたりできることも、インターネットを通すと、意外とそのまま受け入れてしまうんですよね。しかし、悪質な業者がつくるサイトやトラブルは日々増え、手口も変わります。だから自衛が大切なんです。
 
例えば、インターネット通販においては、連絡先情報など記載しなければならない表示が決められています。そうした知識を自分から取り入れていくことが重要です。また、物事は常にうまくいくものとは限りません。リスクなどの負の部分を考えることも大切です。「もしも気に入らなかったら返品できるか」などシミュレーションすることで、トラブルを未然に防ぐことができます。




ーー大学生は未成年から成年へと移行する時期です。モノを選択することの影響をどう捉えればよいでしょうか?  

未成年は契約の取り消しができるなど契約上の立場が成年とは大きく違います。ただ、なんでも取り消しができるわけではありません。おこづかいの範囲内であれば、本人が納得して契約したものとされ、取り消しできません。未成年・成年に限らず、消費生活全般の知識を身につけてもらいたいですね。
 
大学生の場合、信用情報も大事になってきます。例えば、スマホを購入するとき、端末料金を分割で支払っているケースが多いのですが、その延滞や不払いがあると、自身の信用情報に傷がつきます。将来、住宅ローンなどの契約をする際に支障をきたしかねません。
 
自分の信用情報がどうなっているかということを頭の片隅で考えてもらいたいです。買い物するだけではなく、消費生活と上手に関わることも十分意識してほしいですね(了)


インターネットトラブル回避のための5ヶ条!

(1)「契約前」に内容を再確認

(2)連絡先情報の記載を確認

(3)その場の高揚感に騙されるな

(4)ネットの妙な信頼感はただの勘違いである

(5)何人かに話せば、一人は冷静な友だちがいる


   

▶︎▶︎Next
【大学生が狙われる!?ネットトラブル4大ニュース】
〜もはや他人事ではない!情報化社会の中で本当にあったネットトラブルの怖い話〜


わたしが働きたいと思う理由〜『ワークの掟』より

わたしの「働きたい」を最大化する大学生必読本:『ワークの掟』より
「働く」には、自己欲求・社会欲求・生存欲求といわれる人間の三大欲求が集約されている。もともと人は働きたい生き物なの? 労働法の第一人者 大内伸哉先生に聞いた、人と労働の関係性。今まさにルールが変ろうとしているその前に押さえたい、はたらく生存戦略!



■大内 伸哉 先生(写真左)
神戸大学大学院 法学研究科 教授。
東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。法学博士。主な研究テーマは労働契約論、労働者代表法制。
◉ 「アモーレと労働法」大内先生による労働法をめぐる雑感→ http://souchi.cocolog-nifty.com/

■服部由実(写真右)
NPO法人静岡時代 理事。企画・制作を担当し、『ワークの掟』では企画・編集責任者を務める。




人生における生存戦略。鍵は「プロ」になること


――「正社員であれば安泰」という時代が終わりつつあると言われるのには、どのような背景がありますか?

まず「正社員とはなにか」を考えてみましょう。特徴としては、「終身雇用」と呼ばれる長期雇用が保障されます。入社当時はさしたる技能がなくても、5〜10年かけて企業が育てあげ、一人前の戦力にしていきます。企業は正社員を育成するために、最初に投資するわけです。そのため、長く働いて会社へ貢献してもらうために、終身雇用や年功序列型賃金というシステムをつくります。これらは正社員の引き止め策なんです。

しかし近年、企業にとって、正社員として長くつなぎとめたいと考えたくなるような人材がどれほどいるのかが問われはじめています。

少し前までの日本では、大学を出れば正社員になるのが一般的でした。企業も、個々の労働者にどれほどの能力があるのかという指標を、学歴という外形的な基準を頼りにしていました。しかし大学全入時代を迎えた今、大卒という学歴は一部の一流大学でしか通用しなくなっています。これまでや今も、大学生やその親たちは、正社員になることを考えていますが、これからは難しくなるということです。大卒という学歴が指標とならなくなり、加えて、現代はグローバル化により企業間の国際競争も激化しています。企業は長期的なスパンで物事を考えられなくなるかもしれない。

即戦力が求められる時代なのです。となると、正社員とは名ばかりで、「安泰」といえるほど保護が十分ではない正社員が増え、従来型の正社員は減っていくでしょう。正社員になることは悪くないんだけれども、そのなかでどうやったら生き延びていけるのかというのが問題です。




――でも学生の間では「正社員になる」という風潮がまだ根強いです。
 
昔はサラリーマンとして働くよりも、自営として独立で働くほうが普通の時代でした。それが徐々に雇用で働くことはいいと価値観が転換していきました。そもそも雇用の本質とは、自らの労働力を企業にゆだね、その指揮命令に従って働くこと、そして、その働いた時間に対して報酬が支払われることです。正社員となれば長期雇用ですから、企業もしっかりと育成をします。

一方で、請負は働いた仕事の結果に対して報酬が支払われます。自由だけど自己責任の世界です。従属しているけれど、終身雇用や労働法による保護など安定している雇用の方がいいと考えられても不思議ではありません。
 
しかし、会社が突然倒産したり、業績が悪くなってしまったりしたらどうするのか。今の時代、30年後もいまの企業が存続していると思うのは相当楽観的です。高度経済成長期のような何もしなくても、流れにのっておけば幸せになれるという時代はあったけれど、それは歴史的に見てみるとごく例外的な時期だったのかもしれない。高度経済成長モデルで出来ている終身雇用や年功序列型賃金は、特別なことだという意識を持たなくてはなりません。

本当にいまの若者が幸せになるために必要なことはなんだろう、という問題定義をしてほしいですね。企業や社会がどんなスキルや技能をニーズしているかを先を見越して見極めることが大事で、そしてそのニーズは今後も変わっていくのです。


先40年を見据えたときに企業や社会が人に何を求めるか


――どのように変化を捉えていけばよいのでしょうか?
 
産業社会がどう変わっていくかを意識することでしょう。今は技術の進展がすさまじいですよね。アメリカの論文によると、技術革新やIT、人工知能の発達により、2025年には今ある仕事は半分になると言われています。自動運転車が増えるとタクシー運転手は失業するなど、人間の仕事はロボットに代替されてしまう時代がくるわけです。

つまり企業からしてみたら、十年かけて育て上げた一人前の技能が使えなくなるかもしれないということです。企業は人を育て上げるよりも、いまある程度貢献できる人を市場から連れてくる志向に変わるでしょう。
 
他方で、技術革新は技術やITを使った新しい仕事が出てくるということも意味しています。技術を扱うのは人間なので、倫理はますます大事になってくるでしょうね。今までは大切だと言いながらも役に立たないと言われてきたものが、実は今後は大事になる。価値がどんどん変わっていくのです。仕事が変わっていくので、仕事の数自体が全く減るわけではないでしょうけど、従来型の仕事は減るでしょうね。これはかなり確実なことです。それがいまの大学生だと、現役バリバリのときに起こるわけですよ。IT社会のなかで自分がどんな仕事ができるのかが鍵になります。




――生き延びるためのポイントとは?
 
こうした雇用社会やIT社会のなかで生き延びていくには、「プロ」になることです。特定の職種で専門性を磨くことで、企業において不可欠な人材になったり、他社からヘッドハンティングされるような労働者になることです。いわば「転職力」ですね。
 
そのために大事なのは、産業界が求める汎用的なスキルを身につけることです。ある企業でどんなに高く評価されていたとしても、他企業で評価されなくては「転職力」は高まりません。さらに、誰でもやれるような仕事であれば、プロにはなれない。需要と供給の話で、働く側の供給が多ければ、よほど多くの需要がないかぎり、競争は激しいわけです。
 
将来どういう仕事にニーズがあるかということを見極めて、自分の適性とすりあわせて、自分なりのライフプランをたてていくことが重要です。いま現在、需要のある仕事をみているだけでは不十分で、今後四十年くらい先のことまで考えておく必要があります。実際、難しいんだけれども、戦略として「自分はどういう職種で、プロとしてやっていくのか」という意識をもたなくてはなりません。人生の目標を正社員になるというところにしない。そこから長い先があるんです。



▲著書『君の働き方に未来はあるか? 労働法の限界と、これからの雇用社会』では、正社員安泰説に警鐘をならし、
未来ある働き方の指針を示す



自分で何かをする楽しみ。知的な喜びは人間本来持っている


――会社に入ると、職種も業種も決まります。専門性を獲得しているように見えるけど、そうではない。「自分はこれができる」というのを持つことが大事で、それを持てたら心強いです。

 「自分で何かやる」というのは、人間やはり楽しいものです。そういった知的な喜びは人間本来が持っているものだと思います。ただ、雇用における過酷な労働のなかで、なかなか自分の持っているものを発揮するというのは容易ではありません。だからこそ、「いい人に会う」というのが大切です。三十年、四十年の世界で、自分の力だけで何かできるということはまずないんです。

じゃあ、どうやったら会えるのか。それは運もありますけども、マイナスオーラを出さないことです。腐っている人間には、腐っている人間しか寄ってこない。自分がなにかいいオーラを出していると、いい人が気付いてくれるはずです。

――社会における自分の市場価値をどう高めるか。その意識が明るい働き方につながるんですね(了)







▷『ワークの掟』制作協力

■一般社団法人ワークルール
2014年4月1日設立。
大学生、専門・専修学校生、高校生などの若者に対し、社会で働く上で必要な、ワークルールの基礎、多様な働き方の情報を身につける機会を提供している。また、労働法がわかりやすく解説した冊子『知っておきたい ワークルールの基礎知識』(通称:青い本)は現在静岡県版と全国版が発行され、キャリア支援関係者の他、大学・高校生のあいだで好評を得ている。
Webサイト→ http://www.workrule.jp


ネット戦線、異常あり? ネットトラブルの変遷〜春からはじめる消費生活特集(1)

春からはじめる消費生活特集(1):『大学生のための消費者生活向上ハンドブック2015』より
情報過多なこの時代、私たちは何をもってモノを選択・行動すればよいのでしょうか?インターネットトラブルの専門家 原田由里さんに聞く、インターネットトラブルの変遷と今。インターネットは明るく、自由であれ! いま、一人ひとりの意識改革が必要とされるワケとは?



■原田 由里さん(写真中央)
一般社団法人EC ネットワーク理事。消費生活専門相談員、消費生活コンサルタント、消費生活アドバイザーの資格を持つ。
2006 年にEC ネットワークを設立し、ネット取引のトラブルに関する相談業務やECネットワーク会員企業のコンサルを行っている。


□樫田 那美紀(写真右)
静岡大学 人文社会科学部4年。

□鈴木 智子(写真左)
静岡大学大学院2年。



インターネットの自由と安全を消費者と企業でつくる


ーー最近、インターネットトラブルに気をつけようとよく聞きますが、インターネットトラブルは昔からあるのでしょうか?

インターネットが一般化した2000年頃は、今後の日本を支えていく大きな基盤として、インターネット上の取引を推進していくことが大きな時代の流れでした。黎明期のトラブルを上手に解決していくことは、IT産業を伸ばし、日本経済を押し上げていく上で大事なことでした。
 
インターネットのいいところは自由であることです。自由だからこそ、新しいサービスや産業が生まれますが、それにはトラブルが付きものなんです。企業と消費者双方が安全な場所をつくりあげていくことが必要です。




ーーインターネットトラブルの特徴について教えてください。
 
初期の頃から全く変わらない事例があります。インターネット通販における商品未着と返品・返金に関するトラブルです。この二つの事例が多いのには理由があります。インターネット通販は、テレビショッピングやカタログ通販などの通信販売と違い、参入ハードルが低いのです。無店舗販売で家賃も人件費もかからない点は同じですが、メールベースであれば1〜2人で運営することができます。
 
ただ、資本の少ない店舗はリスクを負えないため、前払い決済になります。そういった店舗ほど、経営難で倒産する可能性が高いのにもかかわらず、消費者のみなさんは、それに気がつかずに前払い決済をしているのです。

また、匿名性が高いことも理由の一つです。インターネット通販ですから、わざわざ記載されている住所や電話番号へアクセスしませんよね。つまり、存在が本当かどうかも消費者には分からないのです。ここに悪質事業者が入り込んできます。手口が変化することはあっても、トラブルそのものは今後も変わらないでしょうね。



大学生はリテラシーが高い。あとは本物を見極める力が必要


ーーでは、大学生に多いトラブルや特徴はありますか?
 
特に大学生世代の消費者被害の特徴としては、「SNSをきっかけに広がる」「儲け話に弱い」ということです。例えば、マルチ商法はプロモーションの上手な学生や人脈の広い学生がはまってしまうと、学内でかなり広まります。以前はその起点がサークルでしたが、今はSNSを中心に広がっています。
 
また、今、流行っているのは、バイナリーオプションとアフィリエイトです。バイナリーオプションは明日の外貨の相場が今日より安いか、高いかを決めて、その結果にお金を賭けます。
 
バイナリーオプションの怖い所は、自分の手持ち以上の金額で取引ができるところです。最初は当たる場合があるので、ついはまってしまう人もいるのですが、実は大きな金額を賭けたところで負けることが多いのです。
 




大学生ですし、ビジネスに興味をもつこと自体はいいと思います。ただ、自分で勉強して、仕組みを理解しているならいいんですけど、安易に儲け話にのってしまうのは甘いです。実際にSNSやインターネット上でも「バイナリーオプションで稼げる」といった広告が非常に増えています。ここで注意したいことは、「インターネットはグローバルな世界である」ということです。


ーーどういうことでしょうか?
 
例えば、「大手のフェイスブックに出ている広告だから大丈夫」というのは大間違いです。日本のドメスティックな感覚では、安全を確保するために事前審査を厳しくして、入り口を狭めるというのが一般的です。そのため、日本では、基本的に、悪質な広告は表に出ません。
 
しかし、インターネットは国内外につながっています。つまり、きちんと審査されていない広告があるということです。アメリカは、来る者を拒まず、悪さをしたら追い出せばいいという考え方です。日本人は安全性に慣れてしまっていますが、外国と日本では、商習慣が異なるということを認識する必要があります。





インターネットは自由であるべき。
そのために必要なのは企業と消費者間のコミュニケーション


ーーてっきり安全なものだと思っていました。見分ける方法はありますか?
 
グーグルの検索結果も信用できるとは限りません。外見上では見極めが難しいことばかりなんですよ。
 
例えばアフィリエイトという、提灯記事を書くことで収入を得るという商売があります。広告とわからないような、業者にとって都合の良い書き込みをします。良い書き込みがあると、クリックしますよね。そうすると、真実ではない書き込みがますます検索上位にきてしまいますが、みなさんは上位の書き込みを信じてしまうんです。
 
見分ける方法といっても簡単ではありません。アナログですが、友達などリアルで相談して、冷静に判断することが一番だと思いますね。


ーーインターネットが怖いものに思えてきました。
 
その点に関しては、私は悲観的に捉えていません。いい点、悪い点もありますが、インターネットは自由であるべきだと思います。企業側が安全な場所さえ提供できれば、新しく、便利なサービスが生まれてくる場です。インターネットオークションは、ヤフーなどの企業の功績によって、詐欺が皆無に近い状態になってきました。本人確認や住所確認を徹底することで安全性を高めてきたわけです。
 
このように、企業が改善して、安定させるということを繰り返していくことが大切だと思いますね。




ーーそのために消費者一人ひとりに出来ることはあるのでしょうか?
 
疑問に思ったら、声をだすことです。トラブルが多くなると、結局、業界全体が衰退していくことになります。企業も消費者の方を向かなければ、トラブルは減りません。ヤフーオークションの例も、消費者と企業間に情報交換があったからこそ、変わってきました。消費者が声を出すことで企業も変わっていけるし、社会もサービスもよくなっていくんですよ(了)

■一般社団法人EC ネットワーク
東京都千代田区神田和泉町1-3-17 誠心ビル501
☎ 03-5829-9101
メール:info◎ecnetwork.jp(◎を@にかえてください)
HP:http://www.ecnetwork.jp/index.html




▶︎▶︎次回は、【本当にあった! 大学生のネットトラブル体験談】を更新します。

ふじのくに薬剤師シゴト大全〜異なる職種の業界二者対談@科研〜

シリーズ:ふじのくに薬剤師シゴト大全(1)
実は医薬品産業がさかんと言われる静岡県。その理由と薬剤師の仕事について、静岡県健康福祉部薬事課の杉井邦好さんと科研製薬株式会社静岡工場の横山政明さんに聞きました。日本人の健康と美は静岡県が支えていました。






およそ170名もの薬剤師が働いている静岡県庁。行政薬剤師の担う業務は、薬事行政・衛生行政・環境行政・研究、試験検査業務と幅広い。特に静岡県では、県内東部地域を拠点に、医薬産業の集積と発展を目的とした「ファルマバレープロジェクト」を推進中。また日本の大学で初めてとなる「創薬探索センター」を静岡県立大学に開設するなど、医療健康産業の育成にも注力しており、その業務の最前線においても、薬剤師が携わっている。


医薬品に携わるなら、まずは静岡を知るべし


——薬剤師と関係の深い医薬品・化粧品業界にとって、静岡県はどんな地域なのですか?

静岡県薬事課 杉井さん:静岡県は、発表されている最新の統計では、平成22年から平成25年の4年間、医薬品と医療機器の生産金額が全国1位でした。医薬品で言えば全国シェアの10%ほどを占めています。また化粧品の生産も盛んで、静岡県が『日本人の健康と美を支えている』と言っても過言ではないのです。

科研製薬 横山さん:当社は、本社が東京ですが、昭和30年代に発酵関係の膨大な水を使う工場をつくることになり、その際に、現在の場所(藤枝市)に工場建設を決めました。近くに大井川があり、静岡県のように水が豊富で大都市圏にも近い環境は、製薬企業にとって大きなメリットです。

杉井さん:科研さんに来ていただいた昭和30年代くらいから、本県には医薬品・医療機器メーカーが集積してきました。自然環境はもちろん、現在は2本の高速道路も整備されるなど、交通の要所であることもポイントです。また県東部においては、富士山麓先端医療産業集積構想(ファルマバレープロジェクト)をつくり、官民協働での製薬・創薬の拠点づくりも推進中です。実はリーマンショックが起きた際に、様々な業界に多大な影響が出るなか、どんな時にも必要な医薬品業界にはほぼ影響がありませんでした。静岡県は健康寿命日本一を謳っているので「健康」をテーマとした産業には、今後も安定的な発展が期待できます。





国際的に認められた県の薬事機動班が、医薬品製造と輸出を支える


——静岡県は「薬学」がとりわけ必要とされる地域と言えそうですね。静岡県にある薬剤師の仕事はどのようなものがありますか?

杉井さん:病院や薬局で調剤を行う薬剤師のイメージは具体的に持ちやすいと思いますが、その大きな2つの選択肢以外にも、薬剤師資格や、学んできた薬学を活かす場は多くあります。静岡県庁で言えば、医薬品・化粧品の販売や製造管理をチェックする薬事衛生だけでなく、水質分析や富士山麓の不法投棄の監視などの環境保全の仕事も県の薬剤師が担っています。特に薬事機動班という医薬品等の製造所の監視専門チームは他の都道府県にはありませんから、関係産業が盛んである証拠とも言えるでしょう。医薬品はグローバルな商品なので、EUなどの査察調査員の基準と私たち県の査察基準が同じレベルにあることも求められます。静岡県のチェック基準が国際的にも認められているから、医薬品の輸出がスムーズに行われているんですよ。

横山さん:「機動班」という名前からしてすごいですよね。他県の業界関係者から、「静岡県は薬事機動班がいるから大変だよね」なんて言われます。でも実際には、一方的な指導ではなくて、薬剤師の立場からより良い製造環境のためのアドバイスもしてくれるので企業側としても助かっているんですよ。確かな基準でチェックしてもらえているというのは何より安心です。海外から査察が来ても動じなくて済みますからね。

杉井さん:産業規模が大きいゆえのメリットは他にもあって、例えば静岡県の製薬協会には115社が加盟しており、関係者で合同研修や情報交換を行っています。もちろん医薬品・医療機器・化粧品と、それぞれ専門の違う薬剤師が集まりますから、関わる製品は違えど、横断的に交流が図れるのも、当事者である薬剤師にとっては刺激的な環境ではないでしょうか。

横山さん:実際に私たちも他企業の方と交流するなかで、工場運営に関して気をつける点や、もっと工夫できそうな点を学んだりしています。互いに持っている知識・経験を深め合う機会にも恵まれている地域だと思います。




▲工場真横には良質な水をもたらす大井川が流れる。「工場でお茶を淹れる時にも、井戸から汲み上げた伏流水を使います」と横山さん。

調剤薬局の「かかりつけ薬局」化。薬剤師の職も変化していく




——これから薬剤師として働く学生に向けて伝えたいことはありますか?

横山さん:製薬会社であれば「新薬開発」に関心を寄せる人が多いでしょう。でも今は新薬の実現に辿り着けるのは、一万分の一の確率とも言われている非常に厳しい時代です。開発を目指すことも素晴らしいと思いますが、工場の管理監督など薬剤師が必須の場もあれば、資格を持ったMRとして活躍している人もたくさんいるように、薬学を学んできた経験が活きる場は数多くあります。一企業で働く中で、軌道修正しながらキャリアを積んでいくのも面白いですよ。

杉井さん:2025年に団塊の世代が後期高齢者となることを受け、これから最も変化を求められる薬剤師の職場は薬局です。国が主導して調剤薬局の「かかりつけ薬局」化が進められることになりました。これからは薬剤師が薬局の外に出て、地域住民の健康維持・増進に努めていかなくては生き残れません。他の職業と同じように、薬剤師の仕事も時代とともに変わるのです。社会の流れの中で、本当に自分に向いている、希望したい、と思える仕事に就いていただくためにも、薬剤師の就ける多様な仕事を知ってもらいたいです。県庁では、県民全体の健康・安全を守る仕事が待っています。ぜひ行政の仕事にも注目してください。


◉合わせて読みたい!ふじのくに薬剤師シゴト大全!
ふじのくに薬剤師シゴト大全〜これからの社会で求められる薬剤師とは?〜
シリーズ:ふじのくに薬剤師シゴト大全(1)就活を目前に控えた、静岡県立大学薬学部生の川崎温子さんと有泉早紀さん。学んできた薬学を人や社会のためにより良い形で活かすためにはどうしたら良いのか?薬剤師として静岡県庁で働く内田貴啓さんと八木聡子さんに、現役生が聞きました。■座談会メンバー現在約9…


ふじのくに薬剤師シゴト大全〜不法投棄パトロール1日密着〜
シリーズ:ふじのくに薬剤師シゴト大全(2)病院や薬局などで、「薬の調合」をする姿が印象的な薬剤師。しかし薬剤師の仕事は幅が広く、廃棄物処理の業務にまで及びます。一見、つながりのないようにみえる職種ですが、廃棄物処理も、実は化学的な組成や特徴などを含めた知識が必要。今回は、静岡県東部健康福祉センタ…




◉静岡県 薬事課からのおしらせ

ふじのくに薬剤師シゴト大全〜不法投棄パトロール1日密着〜

シリーズ:ふじのくに薬剤師シゴト大全(2)
病院や薬局などで、「薬の調合」をする姿が印象的な薬剤師。しかし薬剤師の仕事は幅が広く、廃棄物処理の業務にまで及びます。一見、つながりのないようにみえる職種ですが、廃棄物処理も、実は化学的な組成や特徴などを含めた知識が必要。今回は、静岡県東部健康福祉センターで薬剤師として働く廃棄物課不法投棄対策班・専門主査の中川秀和さん、技師の中村仁さんのお仕事に密着して、廃棄物行政に薬剤師が求められている理由を探ってきました。





◉中川 秀和さん(写真:右)
静岡県東部健康福祉センター廃棄物課不法投棄対策班・専門主査。静岡県出身。過去には、静岡県立総合病院、ファルマバレーセンター(※)に赴任経験もあるベテラン職員。

◉中村 仁さん(写真:左)
静岡県東部健康福祉センター廃棄物課不法投棄対策班・技師。埼玉県出身。入庁1年目で現在の部署へ。「様々な業務を経験したくてあえて静岡県を受験しました」。

【※ファルマバレー(センター)】
医薬産業の集積と発展を目的としたプロジェクト。ファルマバレーセンターとは、県立がんセンター研究所。共同研究、臨床試験、製品の開発支援などワンストップサービスを提供している。








■目撃情報のある現場へ!







■ポイントをおさえて確認







■プラスチック片を発見!







■何袋もの巨大ゴミが……







■市と連携して適正処理







■帰庁後は報告と次の準備








◉合わせて読みたい!ふじのくに薬剤師シゴト大全!
ふじのくに薬剤師シゴト大全〜これからの社会で求められる薬剤師とは?〜
シリーズ:ふじのくに薬剤師シゴト大全(1)就活を目前に控えた、静岡県立大学薬学部生の川崎温子さんと有泉早紀さん。学んできた薬学を人や社会のためにより良い形で活かすためにはどうしたら良いのか?薬剤師として静岡県庁で働く内田貴啓さんと八木聡子さんに、現役生が聞きました。■座談会メンバー現在約9…



◉静岡県 薬事課からのおしらせ


ふじのくに薬剤師シゴト大全〜これからの社会で求められる薬剤師とは?〜

シリーズ:ふじのくに薬剤師シゴト大全(1)
就活を目前に控えた、静岡県立大学薬学部生の川崎温子さんと有泉早紀さん。学んできた薬学を人や社会のためにより良い形で活かすためにはどうしたら良いのか?薬剤師として静岡県庁で働く内田貴啓さんと八木聡子さんに、現役生が聞きました。



■座談会メンバー
現在約9割の薬剤師が、病院・薬局・医薬品関係企業で働いています。
その中で行政薬剤師の道を選んだ先輩にその理由や仕事の面白さを伺いました。







自分が譲れないこと =「仕事選びの軸」。


——これから就活を迎える学生の二人は今どんな進路を考えていますか?

川崎さん:私は臨床試験を行う研究室に所属しているので、現時点では製薬会社における新薬の開発に関わる職種に関心があります。

有泉さん:私は、病院薬剤師として研究もできる大学病院で働くことを目指しています。インターンシップや実習で様々な職場を見させてもらいましたが、私は患者さんに近い位置で働ける環境に特に惹かれています。

内田さん:私が就活した時は、最後まで悩んでいましたよ。自分の性格的に、飽きがこないような職場環境が合っていると思っていたので、静岡県なら薬事衛生から環境衛生、研究や産業育成などあらゆる分野の仕事を経験できると知って受験しました。

川崎さん:正直なところ、私はまだ仕事選びの軸を定められていなくて不安もあります。自分が社会でどう人々の生活に貢献できるのか、先ほど製薬会社と言いましたが、県庁等も含めて悩んでいます。

八木さん:初めはわからないことだらけですよね。私の場合は、そもそも薬剤師として働きたかったというより、好きな化学を学べて、資格も取れる学部が良いと思った結果、薬学部に入ったという状況でした。ですから就職先選びも0からのスタートで、病院・薬局の実習やCROのインターン、製薬会社の見学など、まずは多様な職場を知るように心がけたんです。最終的な判断軸は、例えば薬局や製薬会社等の専門に特化するスペシャリストになりたいのか、反対に行政等で幅広い人・分野を対象として仕事をするジェネラリストになりたいのか、という二択で、私は後者がいいと思ったんです。




▲「下田など様々な県内地域で働けるのも県の特徴です」と内田さん。

有泉さん:私もつい最近まで悩んでいましたが、実習等の振り返りをきっかけに方向性が見えてきたんです。今は患者さん一人ひとりに向き合えることを軸に就活をしようと決めました。

川崎さん:私は病院実習を通して有泉さんと反対のことを考えるようになって、どちらかと言えば多くの人に向けて仕事をしたいと思うようになりました。社会には大きな病気で苦しむ人が本当にたくさんいるんだということを病院で実感して、そう思ったら、製薬会社はもちろんですが、その他の選択肢ももっと知っておきたいと考えるようになりました。

——静岡県庁には薬剤師の様々な仕事がある中、内田さんと八木さんは現在どのような業務を担当していますか?

内田さん:私の今の所属はくらし・環境部環境局の廃棄物リサイクル課です。市町にあるゴミ焼却場などの管理状況を監視・指導しています。ちなみに去年までは、下田市にある賀茂健康福祉センターで水道事業の監視・指導を担当していました。

八木さん:私も内田さんと同じ環境局の生活環境課で公害関係の業務に携わっていて、大気汚染や水質汚濁の監視、また騒音・振動問題の相談を受けています。以前は私も賀茂健康福祉センターで、薬事・食品衛生等を担当して、特徴的な仕事としては、薬局や病院の監視・指導のほか、旅館の調理場の監視にも行きましたし、温泉の監視・指導にも関わりました。会社を変えなくても、異動という転職のような機会が必然的にあるのは刺激にもなります。


▲昨今、薬局薬剤師に求められている「かかりつけ薬剤師」。静岡県庁で働く内田さん、八木さんは、現在の部署では直接的な関わりはないものの、今後その動きを補助金や研修等の制度をつくり支える立場になる可能性もあるため、情報収集は欠かせない。


転換期にある薬剤師業界で、継続的な勉強は必須


——今かかりつけ薬剤師に注目が集まるなど、社会の変化とともに求められる薬剤師像も変わってきますが、これから社会で働く薬学部生の皆さんに先輩の立場から伝えたいことは?



八木さん:同じ仕事を続けていたとしても、社会の状況や制度は変わっていきますし、薬もどんどん新しいものが出てきますから、自分の専門領域に関わらず広く情報収集はしていた方がいいと思いますね。やりたいと思った仕事で薬剤師として働くなら、それに対する期待に応えていく姿勢は忘れないでほしいです。

内田さん:私も同感です。最近は6年制を経た人材が入ってくることに期待もあると思います。だからこそ、と言ったらプレッシャーになるかもしれませんが、やはり働き出しても勉強し続けてほしいです。

川崎さん:資格が直接活かせるか、だけではなくて、一人の薬剤師、一人の人間として、真摯に仕事ができる道を見つけていきたいです。

有泉さん:静岡県にある薬剤師の仕事の多様さを垣間見れた気がします。専門特化で仕事をするとしても、幅広い知識を身につけるよう心がけて、より自信を持って患者さんと向き合えるようになりたいと思います。




静岡県庁
◉お問い合わせ
〒420-8601 静岡市葵区追手町9-6
☎054-221-2410
Web:くらし・環境部→ https://www.pref.shizuoka.jp/a_content/1_kurashi.html

◉静岡県薬事課からのおしらせ

常葉大学瀬名キャンパス〜【極私的、古地図研究会】

古来より大切な場所というのは、時代がかわり、大切さの意味が変わってもなんとなく維持されるものだ。例えば、知の拠点である大学は、古代の陸地と海の境に位置するなど奇妙な関連性がある。今回は、草薙駅から常葉大学周辺の瀬名を歩き、静岡県の土地に眠る記憶を探してきた。






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(1)草薙駅 


▲常葉大学の最寄り駅・JR草薙駅周辺の商店街。


▲JR草薙駅から徒歩5分足らずで神社発見

(2)熊野神社 


▲熊野神社到着。熊野神社は当初、巴川沿いの字長沢(あざながさわ)にあったが寛政4年に楠の植えられていた現在の字宮根添と呼ばれる所へ遷座された。




▲熊野神社のご神木。樹齢はおよそ900年!

(3)日月堂 


▲常葉大生御用達の菓子屋「日月堂リラ」。




▲よく常葉大生が買うというスティクチーズケーキ(写真奥)。


▲こちら試食でいただいたシュークリーム。固めの生地が甘さを引き立てます(1個/160円)。


▲さらに常葉大へ向かって北進。写真奥の白い建物が常葉大です。



(4)巴川 


▲瀬名を流れる巴川は清水へ続いています。それにしても、気持ちのいい天気。

(5)そよ風 


▲常葉大へ登る坂道のすぐ隣にある喫茶店・そよ風。


▲常葉大へ登る坂道の途中にある脇道に入った先にみえる「弁天池」。

(6)胸形神社〜弁天池 


▲弁天池の横には「胸方神社」があります。


▲境内の奥へ進んでいくと……


▲常葉大学(写真の白い建物)がみえました。意外と違いです。


▲悠々と泳ぐ、カモを発見!


▲弁天池で一時休憩。日月堂で購入したスティクチーズケーキをいただきました。


▲弁天池からさらに縄文海進期の海岸線にざっくり沿って北進。

(7)松寿院 


▲松寿院、発見!


▲さらに北進するとお墓がありました。

(8)光鏡院 


▲続いて訪れたのは、光鏡院。今川陸奥守一秀の菩提寺。1988年に僧・恵雲が開山した曹洞宗の寺。


▲光鏡院から常葉大が隣接する竜爪山に登れるそうです。




▲ずいぶん登ってきました。写真中央に見えるのが先ほどの弁天池です。

(9)ハイキングコースの分岐点 


▲梶原山瀬名古墳!大学は古代のお墓の上に建っている?常葉大もまたそうなのでしょうか?登ってみました。


▲さらに登ってきましたが古墳はまだ先のようです。

(10)梶原山古墳群 


▲標高50メートルほどの所に瀬名古墳群の跡を記す看板がありました!


▲「せっかくなので山頂まで」という気分になった編集部。ここからちょっと道がおかしく(?)なってきました。何?ここ、茶畑ですけど……。


▲『もののけ姫』でこういう道、でてきましたよね。



梶原山山頂 


▲ここが、「梶原山山頂」です!

(11)梶原景時親子の墓石 


▲梶原景時が自害した場所。


▲絶景です。家族やカップルで訪れる人が多く、聞いたところによると山頂近くに駐車場もあり、本当に徒歩で登ってくる人は珍しいのだそう(確かに誰ともすれ違わなかった)。


▲清水方面までばっちり見えます。(ちなみに下山は心優しいカップルが車で下まで連れて行ってくれました)。

(12)常葉大学 瀬名キャンパス 


▲だいぶ日も暮れましたが、常葉大学が建っているすぐ近くには社寺はもちろんお墓など古代の信仰の跡がしっかり残っていました。


▲常葉大学から静清バイパス方面への下り坂。写真だと伝わりにくいですが、なかなか斜度のある道でした。

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あわせて読みたい! 【静岡時代39号《静かな岡の神さがし》】シリーズ
2015/11/20
静岡県の大学は、古代聖地の上に立っている!? 〜6千年前の静岡県地図を辿る〜
6千年前の静岡県と大学の位置関係の謎を大調査!

ハタチの社会見学〜鳥羽漆芸〜



【パリ万国博覧会御用達・江戸時代から続く駿河漆】

静岡の伝統工芸の一つ、駿河漆器。江戸時代初期には伝統産業として確立し、幕府の保護・奨励も受けました。開国後はパリ万国博覧会に出品され、世界から賞賛されています。
 
駿河漆器の伝統を守り、加えて現代人の生活にあった新しい取り入れ方を提案しているのが鳥羽漆芸です。初代鳥羽清一氏が発案した「金剛石目塗」は漆器製作に砂を使う独自の技法。最近は漆芸とガラスを組み合わせ、漆のワイングラスを製作しています。
そんな伝統と新しさが混在する工房で、今も生きる伝統工芸の秘密に迫ります!


[取材・執筆:森下華菜(静岡大学)]
[取材・撮影:服部由実(静岡時代)]


駿河漆器の制作過程をご紹介!


(1)生漆

▲漆の木から採取した生漆です。採取したばかりは乳白色ですが、空気にふれるとすぐに酸化し茶色、こげ茶色に変化していきます。



(2)鳥羽漆芸の乾燥花瓶

△鳥羽漆芸の乾燥花瓶は荒縄を鉄棒に巻き、おおよその形を作り、その上に土を塗り型を作ります。縄は最後に取り出し、再利用します。

(3)丈夫な下地づくり

△金剛石目漆は漆に川の砂を混ぜることで熱や水に強い下地をつくります。これを型に1ミリ塗り、一晩置きます(6回程繰り返す)。

(4)研磨

△漆と砂を混ぜたものを乾かしては、毎回、砥石で研磨します。何処も同じ厚さに仕上げるためには砂と漆の調合比率が重要です。

(5)続・研磨

△素地を木で作った漆器の場合は、漆を塗ってすぐ砂をまき、一晩おいた後、また漆を重ねます。その後、砂の層を砥石で研磨します。

(6)乾燥

△下地に漆を塗った後、塗った漆は「風呂」で乾かします。ここでは漆の酸化を助長する酵素の最適温度、湿度で管理されています。

(7)最終研磨

△下地作業の最終研磨工程。柄をつける場合は下地の凹凸をあえて残すことで自然な柄を浮き出させます。無地の場合はつるつるに。

(8)漆塗り

△下地に漆を塗る工程です。手前の電熱器で温め、柔らかくなった漆を包んで絞り、出てきた漆を使います。また、漆は埃を嫌うので、作業は個室で行われます。






漆芸の中で最も特徴のある道具は刷毛です。漆芸で使われる刷毛は鉛筆のような構造をしていて、ちょうど鉛筆の芯のように刷毛の中に長い毛が入っています。漆器職人は自分の好みの硬さになるように毛の長さや先端の角度を決めて削ります(刷毛は用途にあわせ何十種類を使い分け)。ちなみに刷毛は女性の髪の毛を使用しています(枝毛、切れ毛は除いた選りすぐりの直毛に限る)。主にアジアの女性の毛が使われますが、最近では西洋人のより柔らかな金髪でも作られているそうです。


(9)静岡炭

△漆が塗りあがったら研磨炭でさらに研ぎます。研磨炭は「静岡炭」と呼ばれ静岡の産物でした。しかし、現在県内に残る原木はわずか。

(10)柄出し

△柄を出す場合は赤い漆を塗り、次に茶色の漆を2回重ねます。これを研ぐと下地で残した凹凸の高いところが先に削れて赤い模様が!

(11)続・柄出し

△漆を重ね研いでいきます。手前が漆の塗りあがりを研いだもの。奥の研ぐ前の状態に比べ、艶が増しています!

(12)装飾

△漆器の装飾には貝が使われることが多いです。青や緑の部分のみが使われ、赤い部分はあまり使われないそうです。

(13)金箔による装飾

△ワイングラスの装飾に使われている生の金箔。向こう側が透けてみえるほど薄い!金の含有量が多いと、光に透かしたときに緑に見えます。

(14)うるし和紙グラス

△鳥羽漆芸の『うるしの和紙グラス』は、ガラスと漆で金箔をサンドイッチのように挟みます。ガラスの透明性を最大限に利用し、華やかな和紙が漆器に彩りを添えます。


社会見学インタビュー:鳥羽漆芸 3代目/鳥羽俊行さん



流行にのる伝統工芸 金剛石目塗りの付加価値

駿河漆器の産業としての発祥は徳川家光の時代に遡ります。久能山東照宮や浅間神社の造設の際に全国から静岡へ職人を集めました。その後、大勢の職人が気候や食に恵まれた静岡に残り、伝統工芸として脈々と受け継がれてきました。パリ万博にも出品され、注文が殺到。しかし徐々に粗悪品もつくられ、信頼を失ってしまいます。その後は、反省し誠実な漆器造りを行い、現在に至っています。
 
鳥羽漆芸の金剛石目塗は漆と砂を混ぜ下地をつくる独特の技法。祖父が大正時代に舗装されていない道路を漆下駄で歩いた際に、つま先部分にめり込んだ砂粒が硬かった事にヒントを得ました。金剛石(ダイヤモンド)のように硬い石目肌の塗り物という意味です。
 
15年程前の赤ワインブームに乗って漆のワイングラスを製作しました。それが今では注文も多く、静岡市の逸品にも選ばれています。元々は二代目の父と半分冗談で話したのがきっかけ。一般に伝統工芸は世の中の流れと関係のないところにありますが、当時ちょうど発売されたブラウン管のiMacに便乗して5色展開にしました。喜んで選んでくれる人が多かったですね。
 
私たちは消費者のニーズをつくる事を大切にしています。何に塗ったら漆が生きるか、今までにないものが生まれるか、漆芸の幅を広げ現代の生活の中で使ってもらいたいですね。


■鳥羽漆芸
鳥羽俊行さん

大正13年に創業した鳥羽漆芸の3代目。
職人歴は30年ほど。幼い頃から仕事場で遊んでおり、武蔵野美術大学 造形学部 工芸工業デザイン学科を卒業後、職人の道へ。大学時代に、人と違うことの大切さを学んだそう。

◎住所 : 静岡市駿河区大坪町1番3号
◎HP:http://toba-japan.com



取材後記:森下華菜(静岡大学)



漆器と聞いて想像するものは重箱や箸でした。だから、鳥羽漆芸さんのショールームで色鮮やかなグラスに漆器があてがわれた作品を見たときは衝撃を受けました。
 
それまで伝統工芸とは自分の生活とはどこか離れた場所に存在するものと捉えていました。使用者のことを考えた作品の数々に、伝統工芸とは作り手だけでなく使う人がいて初めて守られていくものだと感じました。金剛石目塗特有の石のザラザラした感じや研ぎ終わったあとのつるつるした感じ、漆器を直接手にしなければ味わうことのできない感触です。毎日の生活に、漆器を取り入れたいです!

ハタチの社会見学〜株式会社 佐藤園〜

ハタチの社会見学(8)

■株式会社 佐藤園にやってきた!



【徳川家康公への献上茶 本山地区のお茶づくり】

静岡茶発祥の地として八百年の歴史をもつ本山地区でお茶を作り続ける株 式会社佐藤園。この地区は標高が高い山間に位置し、朝夕の寒暖差が大きく、更には美しい川が流れ、霧がかかるため、茶栽培に最適な環境が整っています。厳しい環境で育つお茶は香り高く、 飲むと「ほっ」と一息つけます。

そんなお茶を生み出す佐藤園の始まりは一軒の茶農家でした。創業から、栽培・ 収穫・製茶・仕上げ・販売までの全てを自社で手掛けています。今回はほんのりお茶の香りが漂う工場で、収穫から仕上げの工程に密着しました。
[取材・執筆:加藤佑里子(静岡大学)]
[取材・撮影:寺島美夏(静岡大学) 山口奈那子(常葉大学)]


佐藤園の工場内へ!





まずは、工場近くにある自社管理茶園で茶葉(生葉)を収穫。
現在、およそ10種のお茶の葉を育てています。




右の建物が荒茶工場で、左が仕上げ工場。
まずは収穫した生葉を蒸し、乾燥させ荒茶(原料茶)にしていきます。




収穫した生葉の一時保管場所。
茶葉の色合いや香味などの鮮度を保つため、風や水蒸気をあてることで湿度を調節します。
また、急速冷却することで香りを維持します。




茶葉を蒸す前に、摘採時に交じった枝などをふるいにかけ取り除きます。
さらに、別の装置でPM2.5や花粉も吸い取ります。




茶葉を攪拌させながら蒸気で蒸します。
茶葉の色を保たせながら青臭さを除去。装置は綿密に計算されたオーダーメイドです!




蒸した茶葉を乾燥させます。
風量や回転数を5段階に分けて乾燥させることで、深みのあるお茶になります。




この機械で乾燥機を制御しています。
しかし、その日の茶葉や気候にあわせた微調整は、人の手で行われます。






佐藤園のお茶は、800 件を越える全国の生産農家がお茶の品質を競う全 国茶品評会で10 年連続入賞しています。高品質なお茶の秘訣は、お茶作りで使用される土に隠されています。お茶の葉は土から養分を吸って成長します。本山地区は綺麗な川・水捌けの良さという好条件が揃っており、良質な土に恵まれています。また、滋養豊かな土で作ったこだわりの肥料も、 全国でも誇れるお茶作りの秘訣になっています。





錘で茶葉に圧力を加えながら揉んでいきます。
含有成分を浸出しやすくることで葉と茎で異なる水分量を均一化します。




攪拌によりできた細かい茶葉のかたまりを動かしながらほぐしていきます。
手揉みでいう「より切り」にあたります。




含水率を8〜9%にし、茶葉をまっすぐな形に整えます。
その後、さらに乾燥させ、含水率を5〜6%にし、冷蔵庫で保管します。




仕上げ工場に移ります。
余分な粉や茎を取り除き、大小さまざまな状態の茶葉を分けて切断し、整えていきます。




大・中・小に分けられた茶葉を別々に火入れ乾燥させます。
こうして乾燥の程度に偏りなく、香ばしい香味をつけられます。




茶畑でうまれた美味しさを、そのまま閉じ込めて出荷します。
製茶工場に隣接するお茶カフェでは、芯蒸し茶や茶羊かんも味わえます。
ちなみに、茶羊かんの工場見学もできますよ!




社会見学インタビュー:佐藤園 製茶部部長/森山幸男さん


本山からはじめる 静岡茶ブランディング

800年の歴史をもつ本山地区は、かつて日本国内有数の茶産地でした。しかし、国内需要が低下し、手頃な価格でお茶を購入できる今、お茶を専業とする農家がお茶だけで生計を立てるのは難しい時代と言えます。日本茶の歴史が終わろうとしているのです。農家の数の減少とともに、日本一であった茶産業の衰退化を何とかして阻止する必要があります。「日本一の茶産地である静岡を復活させたい」。その思いで、佐藤園とともに十年間お茶を作り続けてきました。

今年は新たな取り組みとして、抹茶をつくりはじめました。お菓子など抹茶を利用した加工品がありますよね? 国内外でそうした抹茶の需要が高まっているのです。本山の茶葉は他に比べて葉が柔らかく、色も濃く鮮やかなため、抹茶製造に適しています。今後は 本山茶をはじめとした静岡茶を海外に 向けても発信しようと考えています。

佐藤園は創業以来、「地域に必要とされる企業であること」という理念を持ち続けています。世の中が必要としている、「美味しい」お茶を届けたいんです。モノづくりは作り手の思いがはっきりと表れます。お茶づくりも一分一秒手抜きできません。50年先に、「本山のお茶ってすごいよね」と皆さんに思っていただける産地にすることが私の夢です。


■マルカブ佐藤製茶株式会社
森山 幸男さん

マルカブ佐藤製茶株式会社 常務取締役 製茶部部長。
日本茶インストラクター。お茶づくりに携わり続けて46年。農林大臣賞を受賞した時に娘さんが書いてくれた、「お父さんがお茶のオリ ンピックで金メダルをとりました。」という作文は今でも宝物。
住所 : 静岡県静岡市葵区大原 1057
HP:http://www.satoen.co.jp
◎お茶カフェ:9時 30 分〜 17 時営業 (火曜定休・季節により変更有)


取材後記:加藤佑里子(静岡大学)


10 年連続で全国茶品評会で好成績を残しているにも関わらず、現状に甘んじることなく常に挑戦し続ける佐藤園の姿に刺激を受けました。  
一度は衰退しかけた静岡のお茶文化を佐藤園が中心となり、再び全国に静岡茶の素晴らしさを知ってもらえる日が来るのではないかと期待に胸が躍ります。ひとつの事を突きつめた森山さんの顔がとても輝いて見えました。最近は急須を使ってお茶を飲む機会が減ってしまいました。ほっと一息つきたい時は佐藤園が運営するお茶カフェで豊かな緑に囲まれながらお茶を飲むのもいいですね。


◉働く私の静岡時代〜まちと人をつなぐ情報流通企業 株式会社しずおかオンライン〜

■働く私の静岡時代〜静岡県にある、ないと困る大事な仕事〜

感動と行動を創造し、地域の暮らしに幸せな瞬間を届ける


静岡市葵区にある株式会社しずおかオンラインは、「地域の暮らしに幸せの瞬間を届ける」ために、女性向けフリーマガジン『womo』やWEBサイト、スマートフォンアプリなどのメディアを創るベンチャー企業だ。

しずおかオンラインの強みは、時代やユーザーに合ったメディアを通して、地域の人たちが求める情報を求められる形で届けること。しずおかオンラインのようにフリーマガジンやWEBサイト、アプリ開発、近年ではイベント開催など、時代に合わせたメディア制作、情報発信をしている会社は少ない。

さらに、サービスの開発(企画)から制作、流通までを自社で一貫して行うことができるため、制作に携わるスタッフは、ヘアサロンや飲食店など店舗に自ら足を運ぶ営業(顧客担当)、編集スタッフ、WEBデザイナー、システムエンジニアなど多岐にわたる。






「私たちがメディアを通じて情報を発信し、それが生活者に届き、行動が喚起されるまでにはいくつかの段階があります。たとえ魅力的な情報があり、美しいデザインでつくられたメディアであっても、地域に暮らす生活者の感動と行動までを創造できなくては意味がありません。感動と行動を創造し、地域の暮らしに幸せな瞬間をお届けすることをグループミッションとして掲げております」

変化に対応することが求められる仕事だからこそ、しずおかオンラインの社員は、誰かが教えてくれるのを待つのではなく、主体的に行動することが求められる。

「主体的に行動し、行動によって自らを成長させる。当社はノウハウがない状況でもまずは行動してみようとグループポリシーに掲げています。結果的に失敗だったとしても、その一歩を踏み出したことが本人の成長につながるはずです。採用活動をする際も、そういった方と一緒に働きたいと考えていますね」

入社4年目になる管理部で働く内藤貴皓さんは、しずおかオンラインの強みの元となるグループミッションやポリシーを語る。






常に変化に対応し、成長し続けるための制度設計


「社員が自ら学ぶ風土」を整えるための制度として、資格取得支援制度や通信講座、管理職の読書会、毎月の新人研修(社長も参加)がある。また、新入社員が年齢の近い他部署の先輩とバディを組む「バディ制度」は、近況についてのヒアリング、部署間を越えたフォローを行っている。

ほかにも、ワークフローや業界知識の平準化を図るため、部署ごとに100ページ以上にもわたるマニュアルを作成した。

「これまで個々が学んできたものを寄せ集めて自分たちのスタンダードをつくりました。ただし、新しい制度や取り組みは必ず運用とセット。運用することを怠ってしまうと“つくっても無駄”という空気感が出てしまい、新しい制度を作りづらくなってしまうだけ。運用をしていく中で改善することがあれば、それらを細目に対応していくことが大事」

様々な制度を設計・運用させ、社員と組織の成長に結びつけていくことが内藤さんの仕事であり、やりがいだと言う。




「重要なのは付加価値をどれだけ高められるかどうか。例えば、個々が取組んでいる仕事が今のままの形で20年後に残っているか分からないけど、経過年とともに付加価値を高めていくことができれば、形が変わったとしても必要とされているはずです。」

常に時代の変化に対応しながら、生活者の目線に合わせた情報を発信し続けているしずおかオンラインの「感動と行動を創造する」という企業理念は、事業だけでなく人材育成にも行き届いている。



[筆者:後藤悠(静岡県立大学経営情報学部)]


■株式会社しずおかオンライン
創業  1993年
従業員数  84人
事業内容  メディア事業、セールスプロモーション事業、流通事業
職種  総合職(企画営業など)、専門職(WEBプログラマ、WEBデザイナー)
仕事内容  営業、マーケティング、クリエイティブ、流通
給与  月給200,000(大学院・大学卒)
問い合わせ  http://www.esz.co.jp/recruit/
※募集期間や募集人数などの詳細はHPをご覧下さい


◉働く私の静岡時代〜株式会社江﨑新聞店〜

■働く私の静岡時代〜静岡県にある、ないと困る大事な仕事〜

警察官?救命隊員? 多才すぎる新聞配達員


静岡市葵区にある株式会社江﨑新聞店は百年も前から続く、新聞の配達・集金・営業を行う会社だ。「新聞配達」というと、深夜に働き、休みもない印象が強く、大学生の憧れの職業とは言い難い。

しかし、取締役常務 本澤千晶さんは「新聞と新聞配達には4つの価値がある」と言う。一体、どういうことなのか?静岡市葵区の青葉通りにある江﨑新聞店本社を訪ねました。




新聞の4つの価値とは、「新聞の商品的価値」と「教育(習慣)的価値」、新聞配達により保たれる「安全」と「安心」だ。

本澤さんによると、新聞や新聞配達がなくなってしまったら、日本人の思考力は2〜3割低下し、犯罪は今の10〜20倍になると言う。
ネットと比較されがちの新聞だが、毎日同じ場所、時間に届けられる新聞は教養にも、犯罪の抑止力にもつながっている。

実際に、江﨑新聞店の配達員は、配達時にパトロール手帳を持ち、防犯の腕章を着けている。パトロール手帳には不審人物の背格好や特徴を記入できるようになっており、腕章も鮮やかな緑色が目を引く。








さらに、ただ防犯の腕章を身につけて、パトロール手帳を持っているだけではない。

江﨑新聞店では、全従業員へ犯罪情報や不審情報がリアルタイムに共有され、さらに総合警備保障会社(ALSOK)と高齢者らの見守り協力体制を確立している。

後者は営利目的ではなく無償の業務提携で、新聞販売店と警備会社の協力は全国初の試みだ。
葵区、駿河区内のALSOKのホームセキュリティーサービス契約者を対象に、新聞配達員が配達先の異常を察知した場合、直ちに同社に連絡して警備員が駆けつける。
 
ALSOKだけでなく、地元町内会や消防署、警察署、民生委員など各所と協力体制を整え、地域に安心・安全を届けている。






さらに、江﨑新聞店の新聞配達員は救命講習も受けており、AED(自動体外式除細動器)の使用法や心肺蘇生について学んでいる。

配達員の中には、救命指導員の資格を持つ者も多く、自治体や町内会、学校などへ出向き、救命指導の講習会も積極的に行っているとあって驚きだ。

一人暮らしの高齢者の異変に気づき、人命救助につながったというケースも多く、江﨑新聞店の警察官でもあり、救命隊員でもある多才な新聞配達員の姿に従来の「新聞」「新聞配達員」のイメージが変わる。

「『三方よし』という近江商人の教えがあります。三方とは売り手、買い手、世間のこと。世間の新聞や新聞配達の魅力を伝えることができれば、日本の販売店も地域も変わる。そのためにはまずうちが変わらないとね。

江﨑新聞店が目指すのは、「三方よし」を体現するような地域に欠かせない存在。毎夕2回、一軒につき年間約700回、江﨑新聞店は、新聞本来のもつ価値を地域へ広めるために、営業や配達を行っている。




三年で三百万が貯まる 江﨑印の自己成長


江﨑新聞店には、面白い新卒教育プログラムがある。新入社員が入社3年以内に自己成長でき、かつ300万円が貯まるSDCというカリキュラムだ。

驚くことに、3年間勤続した社員には3年後に自動的に100万円が支給される。さらに、社員による会社への積み立て支援制度があり、月々の給料から8600円を積み立てるともう百万円、さらに17400円を積み立てればもう100万円、合計300万円を手にすることができる。

「自己成長を応援できる会社になりたい。まずは3年やってみて、もしも他にやりたいことが見つかったら、その資金で夢を実現したらいいし、出戻りも構わない」

新卒を担当している本澤さんは、新卒に対して「まず3年やってみて、成長すること」を求めていると言う。

1年目は自分の仕事を身につけ、2年目には指導者の目、3年目には経営意識を養う。毎月、新入社員には幹部がコミュニケーションをとる機会があり、会社全体で新卒教育に力を入れている。




自己成長だけでなく、3年で最大300万円が貯まる教育プログラム。どうしてそこまで会社がしてくれるのか? 

3年以内に離職する若者が三割近くいる今、ではその離職する頃にその人が社会に通用するような一人前の能力を身につけているかどうかは分からない。
人手不足の時代、会社が人材育成にかけられるコスト、時間は限られているのが現状だからだ。

だからこそ江﨑新聞店では、新入社員に「自己成長」の意識を徹底させる。初めの3年間できちんと自己成長し、3年後にもう一度、キャリアパスを歩むか、転職をするか自分の将来を選択できる。

「他の会社が10年かけて行うような教育を江﨑新聞店は3年で行う。はっきり言って大変だが、江﨑新聞店の仕事はあらゆる仕事に通じる側面を持っている」

この道、39年の本澤さんは江﨑新聞店の仕事を自信溢れる笑顔で語る。

夜中2時半からの配達、銀行マンのように1円まであわせる集金、自らの配達エリアに1000世帯を抱える営業……。

江﨑新聞店の仕事を3年間続けることができたら、どんな変則的な仕事にも対応できるだろう。何より本澤さんの言葉、表情からは「3年後、江﨑新聞店を選びたくなる」理由が仕事そのもの、そして、この教育システムに表れているように感じた。

「新聞や新聞配達を活かして、地域に安心安全を届ける。これは国内外問わずどこでも必要とされること。10年後、江﨑新聞店の『あんしん・あんぜんの配達』を国外へ広めていきたい」

「そうしていつか、『新聞社』と『新聞販売店』、どちらに就職したいか迷わせたいね」

今あるものの見え方を変えていく。
江﨑新聞店には単なる「新聞」「新聞配達」を越えた仕事があり、今日も全従業員がつくり続けています。




[筆者・山口奈那子(常葉大学外国語学部4年]


■株式会社江﨑新聞店
創業  1909年
従業員数  360人
事業内容  静岡市葵区駿河区全域(一部山間地は除く)の新聞・配達
職種  営業
仕事内容  新聞配達・集金・営業
給与  大卒・大学院卒入社後6ヶ月 月給21万円(※ 期間終了後は固定給月給22万〜27万円)
問い合わせ  http://www.ezakinet.co.jp/
※募集期間や募集人数などの詳細はHPをご覧下さい

SNAP from campus〜株式会社静岡新聞社 こち女編集室〜

静岡時代6月号(vol.39):SNAP from campus
私たち大学生は、静岡県の次代を担う世代と言われるけれど、静岡県というまちがこれまでどのようにつくられてきて、今があるのか意外と知りません。静岡県をこれまで守り、つくってきた人たちが、これからの静岡県をより良くするために私たち大学生に問いたいことは何だろう。私たちはその問いからどんな答えを導きだせるのか。この企画では、静岡県のまちのキーパーソンの想いや知見に触れていきます。


■今回のキーパーソンは……
株式会社静岡新聞社 こち女編集室の方たち。
こち女さんからの質問は、「新聞に載っていないことはなんですか?」です。



まずは、質問をいただいた静岡新聞社編集局・整理部の浅井祥美さんに、「こち女」をつくる上で大切にしていること聞きました。様々な情報を時間も場所も問わず、簡単に手に入れることができる時代。そのなかで、新聞の役割とは一体なんなのか。身近にある社会問題解決方法のヒントは、多角的な視点をもつことでした。
(取材/文・常葉大学3年:山田はるな)

多角的な視点を持って、考える営みを大切に


静岡新聞社は、静岡をより良い街にするにはどうするべきかを考えています。そのなかで「こち女」は、女性の生きにくさや都会とはまた異なる静岡の女性が抱える問題などを取り上げています。最近反響が大きかった記事は保育士の待遇がなぜ改善されないのか、その構造に迫った連載企画です。反響は女性だけにとどまらず、県外にまで広がりました。女性目線の問題提起が性別や年代を問わず、多くの人に影響をもたらすという実感がありました。いまはウェブ上で簡単に新聞と同じ内容を受信できる時代です。それでも私たちが新聞を届けたいと思うのには新聞にしかない魅力があるからです。

例えばウェブ上で見る小さな写真に比べ、新聞に大きく載った写真は見る人に現場の臨場感を伝えます。さらに、ウェブには新しい記事の速報性がありますが、古い記事はトップ画面から表示されなくなってしまいます。その点新聞は一定の時間で区切り、記事の価値判断をしてレイアウトするため、情報過多の時代において新聞が「ニュースの目利き」の役割を担っていると言えます。

「こち女」が目指すのは女性の視点から見えてくる社会の問題を届けることです。多くの学生さんが新聞を読み、自ら社会を読み解く力を身につけてほしいと思います。



ーーそれでは、こち女編集室の質問にたいする大学生の回答をみていきましょう。

Q.新聞に載っていないことはなんですか?






















【2】▶︎▶︎

静岡県と戦争〜特攻艇 震洋格納庫〜

【特集:静岡県と戦争 (1)】「特攻艇:震洋」
みなさんは「戦争遺跡」という言葉を聞いたことがありますか?
戦後70年を迎えた今年、本やテレビ・新聞等で、今も残る戦争の跡=戦争遺跡について取り上げられていました。静岡県内にも実は多くの戦争の跡が残っています。それらは現在の静岡市、浜松市の中心地などにも見られ、当時の「戦場」が静岡県の人々の生活圏にあったことを教えてくれます。そこで本特集では、身近にある静岡県内の戦争の“あと”を辿り、私たち若い世代が戦争という出来事とどう向き合い、伝え継いでいったら良いのかを考えるきっかけにしたいと思います。


今回は、清水区三保に格納庫が現存する特攻艇「震洋」のお話を、静岡平和資料館をつくる会の運営委員長・浅見幸也さんに伺いました。浅見さんは北海道出身。就職を機に三保へ移住して50年以上たちます。もともと戦争の歴史に関心を持っていたという浅見さんは、自分の暮らす場所に特攻艇「震洋」の格納庫があると知り、自分で調査してみたいと考えていたそうです。


■浅見幸也(あさみこうや)さん
静岡平和資料館をつくる会運営委員長(兼静岡県戦争遺跡研究会会員)。
多くの人に戦時下の日本や静岡県を知ってもらうため、同センターや、文化施設で定期的に企画展をひらいている。御歳は77歳。清水区三保在住。

◎静岡平和資料センター
http://homepage2.nifty.com/shizuoka-heiwa/
(静岡平和資料センターは静岡平和資料館をつくる会が運営しています。)

秘密裏に進められた、特攻艇「震洋」の歴史


ーーさっそくですが、「震洋」とはどんな特攻艇だったのでしょうか?

(浅見幸也さん)静岡市清水区の三保半島には、太平洋戦争末期に計画・開発が進められた、特攻艇「震洋」の格納庫が現存しています。震洋とは、ベニヤ製の小型モーターボートに爆薬を搭載した人間兵器。安価なうえに工期が短く済むという理由で、およそ6000機の艇が大量生産されました。零戦での「空の特攻」や人間魚雷「回転」と同じく、搭乗員が敵艦に突撃することを目的に当時の日本海軍が考案したものです。

『人間兵器 震洋特別攻撃隊』(震洋会編・新井志郎監修/国書刊行会.1990)より

     ▲清水区三保地域に現存する震洋格納庫のひとつ。現在は一般の方の手に渡り、車庫として利用しています。

日本の戦況が著しく悪化しはじめた1944年(昭和19)には震洋特別攻撃隊が編成され、海軍飛行予科練習生(予科練)の卒業生たちが全国100箇所以上につくられた基地へ配置されました。静岡県では伊豆半島(東部地方)を中心に5隊が配置され、なかでも三保基地には第136震洋隊、総員48名が集まったそうです。
とはいえ、隊員の多くはパイロットになるべく志願し訓練を行ってきた人たちです。ベニヤ板と小型エンジンでつくられた簡素なボートをみて、実際は落胆する隊員も少なくなかったといいます。


『人間兵器 震洋特別攻撃隊』(震洋会編・新井志郎監修/国書刊行会.1990)より

▲静岡市にある瑞雲寺・前住職の村上考道さんも予科練卒業後、第136震洋隊に配属された隊員のひとりでした。当時、「こんなものに乗れるか」と、思わず声に出してしまったと語っています。(中央公論2012.6/『知られざる特攻兵器「震洋」が描いた航跡』より)

「震洋」は謎に包まれている


ーー特攻機というと、零戦や回天などが有名で、「震洋」という名前は聞いたことがありませんでした。

(浅見さん)そうですね。日本の戦況悪化を挽回するための最終手段としてつくりだされた震洋とその戦略ですが、当時から現在に至るまで、あまり情報は公になっていません。軍の機密情報だったことや敵に見つからないよう存在を隠すことが情報非公開の意図でしたが、震洋の計画を知らないまま終戦を迎えた軍事関係者の方々もいたそうです。現在、震洋の格納壕が点在する三保地区在住の方にお話を聞いても、石造りの壕が何のために使われていたのかを知る人は限られていました。

ですので私は、多くの謎が残る震洋について調査してみたいと思ったんです。三保が好きでしたし、今でこそ穏やかな場所ですが、当時、特攻艇があったなんて興味深かったんです。また、ちょうど静岡新聞社発行の書籍『静岡県の戦争遺跡を歩く』の話もあったので、タイミングが良かったですね。静岡県戦争遺跡研究会会員の伊藤和彦さんと一緒に、フィールドワークからはじめました。


70年の時を越えて知る、静岡県と「震洋」の実態とは?


ーー実際に、震洋の調査はどのように行ったのでしょうか?

(浅見さん)調査では、共著者の伊藤和彦さんや一般の方たちと三保地区に現存する戦争跡を訪れたり、震洋特攻隊の元搭乗員を探して当時の話を聞きにいったりするなどして、震洋の実態を掘り下げていきました。
しかし、震洋は特攻隊に配属していた方々の所在はもちろん資料もわずかに残っているだけ。亡くなっている方や存命しているかわからない方も多かったため、情報や記録を集めるのが大変でしたね。それでも、数少ない証言を拾っていくうちに、現存する資料だけでは知りえなかった「震洋とその特攻兵たちの姿」が見えてきたんです。




『人間兵器 震洋特別攻撃隊』(震洋会編・新井志郎監修/国書刊行会.1990)より

たとえば、三保基地では22機の特攻艇が必要だったのにもかかわらず、実際は3、4隻ほどしか用意されていませんでした。また、震洋の出動停止を指示した隊長もいたそうです。特攻兵の多くが「こんなボートで命を捨てなければならないのか」と落胆した様子から、もう後がない日本の差し迫った状況があらわれているのだと感じます。

当時はやむを得ないことだったかもしれないけれど、これから前途ある青年を死ぬだけのところに行かせるのは決してあってはならないこと。そういう状況が清水にもあったということをみなさんに知っていてもらいたいですね(了)


取材後記

当時、私たちと同じ年代の若者が命をかけて戦いに臨んだ場所(格納庫)は今、倉庫や荷物置き場に変わっています。浅見さんが仰るように、石造りの倉庫が震洋の格納庫ということを知らずに使っている方も多いそうです。暮らしの身近にある戦争遺跡ですが、その背景には、戦争を知る人の高齢化や生きた記憶が徐々に失われつつあるという課題が隠れているような気がします。そして、残されたものを私たちが受け取り、「次の世代へどう渡していくか」考える時を迎えたのではないでしょうか。県内の穏やかな風景の中にも、たくさんの悲しみを生んだ戦争跡が存在しています。通り過ぎてしまいがちな「静岡県と戦争」の記憶に少しでも目を向けることが、「私たちが戦争とどう向き合うか」のヒントになるかもしれません。

働く私の静岡時代 〜株式会社サンロフト〜◎

■働く私の静岡時代〜静岡県にある、ないと困る大事な仕事〜

価値観を共有し、ITを活用した価値を創造する


静岡県焼津市にある株式会社サンロフトは、企業や自治体のHPや商品のPRサイトを制作するほか、近年のクラウド化に伴うシステム開発を行うIT企業だ。サンロフトでは、企画営業やプログラマー、WEBデザイナーなどを募集している。広報・マーケティングを行う職種もあり、IT企業といっても文理を問わない。

とはいえ、IT企業のイメージは「理系」「男性が多い」「システム開発」……。「IT企業で働く」ってどういうことでしょうか。

  
▲1992年創業。現在、50人ほどの体制で事業を行っています。

サンロフトの事業はWEB制作、システム開発、IT教育が主な柱だが、もともとは販売管理や在庫管理、顧客管理など企業の中枢を担うようなデータをシステム化して管理する会社だった。

サンロフトが創業した1992年当時は、パソコンが企業や家庭に普及していったIT革命の時代。インターネットはまだなかったけれど、コンピュータのコンパクト化や、ソフトフェアもワープロだけでなく家計簿や教育ソフトが生みだされた。その数年後、インターネットが普及し始め、「通信する」という世界が学術界から一般へと広がった。ちなみに当時、爆発的に普及したのがWindows95。

「ただその頃は、HP制作といっても社名だけがサイト上に載っていればいいような時代。徐々に言葉や画像、あらゆるツールを使って、何をしている会社なのかを語る必要が出てきました。検索と情報の価値を他社と競争するようになってきたんです。インターネットの進化がIT企業のビジネスに大きく影響を与えましたね」

そう話してくれたのは、入社20年以上のキャリアを持つ広報・マーケティング室室長の鈴木あゆみさん。実は鈴木さんは、もともとは人に勧められ入社し、ITに関する興味はなかったと言う。

「とりあえず縄跳びで跳び続ける感じで、出来るだけ跳んでみよう。ちょっとずつ前進してみようという考え方で続けてきました」

現在はサンロフトの広報の要として、部門ごとの事業戦略会議へ参加、企画実行から完成までのスケジュールや〆切に間に合うように、プレスリリース用の資料等の作成も行っている。

 




なかでも近年サンロフトが注力しているのが、メディア・マーケティング事業。
ITの活用が浸透した現在は、「ITといえばシステム開発」という時代から、「情報の価値創造において、いかにITを活用するか」の時代に入った。
例えば、IT化の遅れや保育士不足に悩む幼稚園や保育園にITを導入するなど、保育士が子どもたちを育み、保護者と向き合う時間を創出する。WEB制作やタブレットの活用だけでなく、企業から協賛を募り、全国の園長・先生方に向けたフリーペーパー『パステルIT新聞』の発行も行っている。

「新聞つくるか、あゆみさんお願いね」

「『パステルIT新聞』は社長のこの一言から動き出したんですよ。IT企業が新聞?と周囲も思っていたと思いますが、以前からやってみたいという気持ちが私にはあったようで、早速挑戦してみたんです。」

2008年から事業を担当し、毎月新聞を発行し続けているという鈴木さん。
事業は保育園や幼稚園一軒一軒に電話をかけ、『パステルIT新聞』の購読のお願いからのスタート。当初は「ITが苦手だから」「教育は手書き文化」などと言われたこともあったそうだが、7年経って、理解者も増え始め、会社全体からも可能性を感じてもらえるようになったと言う。




「最近、先生たちから『ITを活用したい』『民間企業のいいところを取り入れたい』という声を聞くんです。
社会の変化に応じて保育現場も環境を変えていく必要が高まってきているのだそうです」

「私たちは教育は語れないけれど、保育現場のIT化を支援することで、現場の環境を変えていくお手伝いができれば嬉しい」

事業担当を務める鈴木あゆみさんはITの可能性を語る。




仕事に求められるのは、時流を掴み、挑戦する力


時流に合わせビジネスモデルも変動してきたIT業界。サンロフトの松田敏孝社長は、「時流にのる」「挑戦」を主なキーワードにしている。短期的な視点ではなく、長期的な視点で会社を俯瞰するという考え方だ。これはサンロフトが目指す取引企業のお客様に喜んでいただくことに直結する。
 
「昔の労働は「レイバー」と言い、肉体労働が主流でした。それが知識や技能を導入して仕事をする「ワーク」になった。これからは「プレイ」の時代です。よりクリエイティブな働き方が求められ、そういう仕事が高い付加価値を生んでいく」

IT業界に30年以上携わる松田敏孝社長は、この考え方がとても好きなのだそうだ。

「自分にしかできないプロフェッショナルになれたら最高なんじゃないかな」




サンロフトの取り組みが時流を掴んだと言える一つの例は、幼稚園や保育園におけるIT化支援。『パステルIT新聞』は、IT化の遅れや保育士不足といった教育保育現場の社会課題を広く認識させる動きに結びついている。

時流を掴むのは容易ではなく、時に失敗する場合もあるが、決断して実行に移すことで次の課題が見えてくる。サンロフトが求めるのは、そうした時流や挑戦を追究する社長の考え方に共感できる人、「ないもの」をつくろうと考えられる人だ。

仕事は自分の価値を求めるものではなく、「人が求める価値」を追求すること。「時流」「挑戦」は、自らと仕事の価値を創造するためのキーワードだ。
サンロフトは多分野のメーカーとタイアップをしながら、ITを通し価値を創造し続けている。


[筆者・河田弥歩(静岡大学人文社会科学部)]


■株式会社サンロフト
創業  1992年
従業員数  52人
事業内容  WEBサイト制作、システム開発、幼稚園・保育園のIT化支援
職種  営業、デザイン、開発、広報・マーケティング、総務・経理
仕事内容  WEBサイト制作、システム開発ほか
給与  月給215,000円〜(大学卒)ほか
問い合わせ  http://www.sunloft.co.jp/
※募集期間や募集人数などの詳細はHPをご覧下さい


ハタチの社会見学〜株式会社 HKS〜

ハタチの社会見学(6)

■株式会社 HKSにやってきた!
〜創業40年。挑戦しつづける静岡のものづくり〜



株式会社HKSといえば「走り屋の自動車の改造パーツ」。そんなイメージがあるかもしれませんが、それだけではないんです。住まいから、航空機から「ものづくりには終わりがない」という長谷川社長の信念のもと次々と新しい何かが生み出されています。
 
そんなワールドクラスの静岡県ものづくり代表の裏側を知るべく、標高500メートル、富士山を望む広大な大地にそびえ立つHKS本社工場へ。今回はHKSミュージアムへ潜入。本当に40年?と思うほど濃い~歴史がここに。静岡のものづくりってスゴイ。


[取材・執筆:木下莉那(常葉大学)]



株式会社HKS / 代表取締役 長谷川浩之さん
■時代を先取りして、長く続ける事が生命線



は、私は大勢の人の反対を押し切って独立したんです。もともとヤマハ発動機に勤めていたんですが、お客さんの痒いところまで手が届くような会社を作りたかったんです。
 
我々の会社は自動車部品の会社という印象が強いかもしれないですが、実はHKSの開発技術を地震の制振装置や航空機エンジンに応用するなど常に様々なことにチャレンジしています。
 
ものづくりにおいて大切なことは、時代を先取りすること。「こんなものあったらいいな」と気付いてから作り始めるのでは遅いんです。必要な時に時代を先取りして、長く続けることが生命線。既に出来上がっていないといけない。今の時代の流れを誰よりも早くキャッチしてその先を見る、そして次々と新しいものを作っていく力、自分たちの作った製品がどこで活躍できるかの可能性を広げていく力が必要です。

静岡県でものづくりを継続していくためにも、我々企業は伝承していかなければいけません。同時に、同じ分野で従来と同じものをつくるだけじゃだめなんです。ものづくりは終わりがないからこそ、諦めないで歯を食いしばって、新しいものを開発し続けなければいけません。それは学生も同じです。どんな時でも歯を食いしばって色々なことをやらないとその人の持っている器が実力にならない。常にクリエイティブにならないと。学生も学ぶときだからこそ、今学ばないとね。


長谷川浩之さん
株式会社HKS 代表取締役。沼津工業高等専門学校の第一期生。
ヤマハ発動機退社後、昭和48 年に株式会社HKS を設立。「最近は電気自動車もあるけど、そこに何かしらの感動が感じられるものにならないと無味無感動だよね」と長谷川さん。長谷川さんのものづくりに対する流儀を感じました。
住所:静岡県富士宮市北山7181




(1)社会見学スタート!

▲ 富士宮市北山に位置する本社工場。こちらは社長室のある4号棟。この他5つの建物があります。





(2)HKSの技術

▲入口では、エンジンにつけるスーパーチャージャーという過給装置など、HKS を代表する技術の数々がお出迎え。





(3)社屋の建つ土地にもこだわりあり!

▲標高500 メートル! 地震で津波がなかなか到達しないことから、ここを拠点に選んだそう。ちなみに面積は東京ドーム4個分。





(4)HKSの歴史

▲本社工場内にあるHKS ミュージアムへ。創業から40 年。HKS の1年ごとの歩みが展示されています。





(5)レーシングエンジン

▲歴代レーシングカー。実は長谷川社長を独立へ動かした最大要因は「自分の手で世界一のレーシングエンジンをつくる」こと。





(6)HKS製車の早さの秘密

▲タイヤに注目! こちらのレーシングカーは「400 メートルをいかに早く走るか」をもとに設計。他に比べタイヤが大きいです。






実は、HKS の技術は自動車とは一見関係のないところでも大活躍しています。それが住宅。自動車関連で培ったサスペンション技術を応用して木造住宅用の制振装置にしているのです。
写真がそのMER-System。地震による建物の変形エネルギーをいち早く吸収し、応答加速度の低減に効果を発揮。建物の変形を抑えることで損傷を最小限に食い止めます。さらに、あらゆる周波数に対応するため、地震の振動だけでなく、近隣の車の通行による振動にも対応するのだそう。








(7)設計図

▲74E の設計図。社長自らが手がけ、独立前からこつこつ書き溜めていた設計図面をもとに製作。とても精密な線と書き込みが!





(8)トランスミッションの開発

▲HKS 製の強化シーケンシャルミッション。エンジンパワーを伝達し、変速するトランスミッションの開発を行っています。





(9)サスペンション

▲自動車用のサスペンション。タイヤの付近にあり、車の振動を吸収し車の乗り心地を良くするなど運動性能に関わっています。





(10)自動車用マフラー

▲こちらは自動車用マフラーの製造工程において溶接作業をしているところ。排気音やこもり音を低減します。





(11)伝説のF1用エンジン

▲日本で唯一自動車メーカーではなくF1エンジンの開発を手掛けたエンジンがこちら。「最高峰」と周りから絶賛の伝説のエンジン。長谷川社長が独立後はじめて取りかかったのは、2リッターのレーシングエンジン74E。しかし、創業早々で資金が続かず開発を断念したこともあったそうです。





(12)レーシングカー乗車

▲時速250キロのレーシングカーに乗車!足を真っすぐに伸ばして座るため、視界が車と一体化。なぜか安心感がありました。





(13)オートレース用のバイクエンジンも製造

▲浜松のオートレースにエンジンを供給していた時のバイク。レース用以外のバイクにも使われたHKS オリジナルのエンジンです。





(14)航空機にもHKSが携わっています!

▲自動車部品の製造だけでなく航空機エンジンも(またも日本で唯一)。世界から評価を受ける高出力、軽量、低燃費の次世代エンジン。設計から長谷川社長のこだわりがあるそうです。


取材後記……
木下莉那[常葉大学]

私は今までものづくりに対して、需要があるからこそ必要に応じてつくっているのだと思っていました。しかし、HKSの歴史や長谷川社長のお話から、時代の先をみて自らが需要をつくりだす・常に挑戦しつくり続けていくという、ものづくりのシビアな一面を感じました。
「現状に満足せず、問題点を見つけ改善する努力をし、個性を大切にして生きていく。そうすることで自然と仲間ができ、会社ができていく」という長谷川社長の言葉が印象的です。それは私たち学生にとっても同じこと。私という強烈なカラーを形作っていくために、私もチャレンジし続けたいと思います。


スナップ・フロム・キャンパス〜戸田書店 静岡本店 店長 長澤宜徳さん〜

静岡時代6月号(vol.35):スナップ・フロム・キャンパス
私たち大学生は、静岡県の次代を担う世代と言われるけれど、静岡県というまちがこれまでどのようにつくられてきて、今があるのか意外と知りません。静岡県をこれまで守り、つくってきた人たちが、これからの静岡県をより良くするために私たち大学生に問いたいことは何だろう。私たちはその問いからどんな答えを導きだせるのか。この企画では、静岡県のまちのキーパーソンの想いや知見に触れていきます。


■今回のキーパーソンは……
戸田書店 静岡本店 店長 長澤宜徳さん
長澤さんからの質問は、「あなたが墓場まで持って行きたい本は何ですか?」です。



まずは、長澤さんにとっての特別な1冊とは何かをお伺いしました。
「本」によって、人生観が変わったという長澤さん。ご自身がいま立っている場所、生き方を通じて、長澤さんがなぜこの問いを導きだしたのかが見えてきました。

(取材・文/静岡大学 鈴木理那 ※取材当時)


1冊の本との出会いが、人生観を変えた

僕は小さい頃、本を読むのが大嫌いでした。本を読んでいる人に、そんなことしている場合じゃないでしょう、ってちょっかいを出すような人でしたね。
 
本を読むようになったのは、大学時代に夏目漱石の『それから』という本に出会って衝撃を受けたからです。僕は学生の頃、勉強さえしていれば自分の将来的な生活が自然とやって来る、と漠然と考えていたんです。けれど、その本を読んでそうじゃないということが分かりました。

主人公は友人の奥さんを奪い取るために、親や親戚からお金を借りて彼女に貢ぐんです。自分が働くわけではないんですよ。結局、主人公は親や親戚からも縁を切られて、働かなければいけない状況になります。そのときに僕は、勉強をしてもなんの得にもならないんだ、と衝撃的に思いました。
 
表向きは不倫の話なのですが、将来のことで悩んでいる主人公が当時の自分に重なったんです。今でこそ仕事柄たくさんの本を読みますが、その本だけは買った当時のことも鮮明に覚えています。子どもと大人の境目に読んだような感じがして、だからこそ印象に残っているのかもしれません。

個人的にはよくある啓発本よりも、小説のなかに出てくる人たちが喋ったり考えたりしていることが、一番身にこたえるような気がしますね。



ーーそれでは、長澤さんの質問にたいする静岡県内大学生の回答をみていきましょう。

Q.あなたが墓場まで持って行きたい本は何ですか?



静岡県立大学短期大学部『西の魔女が死んだ』



静岡県立大学『レーニンジャー新生化学』



静岡理工科大学『磯部礒兵衛物語〜浮き世はつらいよ〜』



日本大学三島キャンパス『燃えよ剣』



日本大学三島キャンパス『永遠の0』



静岡大学『西の善き魔女』



日本大学三島キャンパス『ペスト』



東海大学海洋学部『巷説物語』



日本大学三島キャンパス『1Q84』



常葉学園大学『あひるの空』


中には、思い出の詰まった1冊を選ぶ学生も!



日本大学三島キャンパス『友だちとの思い出のアルバム』



静岡英和学院大学『日記帳』



日本大学三島キャンパス『卒業アルバム』


Q.あなたが墓場まで持って行きたい本は何ですか?



静岡英和学院大学『ログ・ホライズン』



日本大学三島キャンパス『ハリー・ポッター』



常葉学園大学『イニシエーション・ラブ』



日本大学三島キャンパス『手紙』



浜松学院大学『進撃の巨人』



日本大学三島キャンパス『黄色い目の魚』



静岡大学『日本文化の論点』


取材後記:「大学生が考える、特別な1冊とは?」
静岡大学/鈴木理那

今回、私たち大学生に立てられた問いは「あなたが墓場まで持っていきたい本は何ですか」というもの。静岡県を代表する書店、戸田書店静岡本店で店長を務める長澤宜徳さんから頂いた。読書離れが問題視されている今、長澤さんは「墓場まで持って行きたい本なんてない」という回答があると予想していたそうだ。
正直、この問いを立てられたとき、私もドキッとした。しかし、集まった回答に「ない」というものはなく、長澤さんは「皆さん意外と本を読んでいるのですね」と、嬉しそうな表情を見せてくれた。
 
墓場という言葉にわくわくしながら、私はこれまでに読んだ本を思い返した。私が持って行くなら、サン=テグジュペリの『星の王子さま』を選ぶだろう。王子の絵が怖い、と避けていた本を、大学生になって初めて読んだ。子ども向けの本ながらとても感動し、もっと早く読めばよかった、と悔やんだ。そんな思いにさせる本は他になく、私の特別な一冊だ。何気なく手にした本が、誰かの特別な一冊かもしれない。そう思うと、もっとたくさんの本に出会いたくなった。


ハタチの社会見学〜株式会社 水鳥工業〜

ハタチの社会見学(5)
■株式会社 水鳥工業にやってきた!
〜静岡の地場産業 履物づくり最前線に迫る



かつての静岡県では下駄工場が栄え、漆下駄など歴史ある産業品として親しまれるほどでした。しかし、今では多くの工場が姿を消し、下駄を履く機会といえば浴衣を着る時だけと答える人が多くなりました。そんな中、ここ静岡市葵区にある水鳥工業は、現代のライフスタイルに合わせた新しい下駄を作り続けています。足にフィットして履き易く洋服に合わせやすいデザインに、国内外、老若男女問わず人気が集まっている水鳥の下駄。その下駄に込められた魅力やこだわりを探ってきました。

[取材・撮影・執筆:河田弥歩(静岡大学)]
[取材・撮影:加藤佑里子(静岡大学)]



■温故知新を貫く、下駄職人。時代にあった下駄を世界へ——



◉株式会社 水鳥工業 
げた職人 水鳥正志さん


25年前はもう下駄を履く人なんてほとんどいませんでしたから、下駄をつくっていても見向きもされなかったですね。でも「だったら現代の人も履きたくなる下駄をつくろう」と考えたんです。皆が何を求めているかを追求し、需要にあった下駄をつくるために試行錯誤を繰り返してきました。
 
今では小売業者からの注文も増え、数多くの賞をいただくまでになりました。それに、毎年必ず購入してくださるお客さまがいて、お友達を連れてきてくださる方もいます。これが一番嬉しいんです。水鳥の下駄がこういった輪を広げてくれるんですよ。その輪は私たちとお客さまの距離を近づけ、時には新商品開発のチャンスをいただくことも。以前「部屋で履く下駄を作ってほしい」という要望をいただき、これこそお客さまが求めている下駄ではないかと思ったんです。その生の声をヒントに、部屋で履いても音が出ず、フローリングを傷つけない「SHIKIBU」が生まれました。
 
なかには、「そんなの下駄とは言えない」という人もいます。ですが、私はあくまで下駄の変形として商品を作っているんです。伝統にこだわりすぎて愛すべき文化がなくなってしまうより、変化をしながらも多くの人に愛され続けてほしいです。柔軟に、そして積極的に変化をすることで、下駄を未来へ繋いでいきたいですね。


水鳥正志さん
株式会社水鳥工業 代表取締役。水鳥工業は昭和12 年創業。水鳥正志さんは二代目。
当初はげた木地の製造を行っていたが、平成元年よりげたの製造を開始。若い人の意見を積極的に取り入れる柔軟な姿勢を大切にしている。
住所:静岡県静岡市葵区平和1‒18‒22
電話:054‒271‒6787
HP:http://www.geta.co,jp




(1)社会見学スタート!

▲工場内にある事務所入口。従業員は15名。アットホームな雰囲気で笑顔の社員さんがお出迎えしてくれました。





(2)生地

▲鼻緒に使われている生地の種類は100種類以上。いま人気の絵柄はリーフ柄。お気に入りの布を持ち込む事も可能です。





(3)裁断

▲布の上に型を置き、裁断機で押し付けて裁断します。柄物の裁断は出来上がりを考え、型を置く場所にも気をつかいます。





(4)縫合

▲ミシンで布を袋状に縫っていきます。足への負担を減らすために幅を太めにするところ、そして手仕事へのこだわりが見られます。





(5)装着

▲袋状になった鼻緒の中にソフトウレタンでできたクッションを入れていきます。その際できるよじれは机の角で丁寧に直します。





(6)地物を使った下駄

▲下駄の台は従来の和下駄と違い、足の形になじませるため左右で形が違います。台は静岡県産ひのきを利用したものもあるそうです。






「下駄は健康にいい」という噂、耳にしたことはありませんか。実は水鳥の下駄が静岡大学と共同実験をしたところ、30 分間下駄を履いて歩いた後の血流循環量を測定した結果、足裏の血行が良くなることが分かりました。
他にも、体の重心が最適な位置に近づくことで浮足が解消したり、下半身の筋力トレーニングも期待できるそうです。人にとって下駄は一粒で何度も美味しい履物なのです。
※ 実験結果の詳細はHP で公開中
http://www.geta.co.jp/








(7)水鳥工業の職人技

▲本日製造する分の下駄の土台と鼻緒です。昔は職人一人につき三足が限度でしたが、今ではこんなに作れるようになりました。





(8)足型

▲これは足型です。靴と同じようにサイズがあります。サイズは1 センチ刻み。商品によって、形も様々なものがあります。





(9)履き心地の追求

▲鼻緒を足型に合わせていきます。水鳥工業は靴の中底製造も扱ったことがあるからこそ、足型を使ってはき心地を追究しています。





(10)仮止め

▲エアアタッカーという機械を使って、プシュッ! プシュッ! と鼻緒を仮止めしていきます。裁縫でいう仮縫いのような作業です。





(11)釘うち

▲仮止めした鼻緒に釘を打ち、しっかりと止めます。みなさん作業をする手に迷いがなく、写真を撮るのに一苦労な速さでした。





(12)長く履き続けてもらうために——

▲ちなみに、水鳥工業では下駄の修理も行っています。履きなれた下駄に愛着を持って、長く履き続ける人が多いようです。





(13)ゴム付け

▲下駄の底にゴムを貼り付けます。カランコロンという音は風流ですが、日常生活で使いやすいようにあえて音を軽減しています。





(14)仕上げ

▲仕上げに出来上がった下駄をブラシで磨いていきます。それと同時に、商品に欠陥がないかを一つ一つ目で確認しています。





(15)完成!

▲最後に梱包をし、全国のお客さまに届けられます。色も柄もバリエーション豊富な水鳥の
下駄は洋服にも合わせやすく、歩きやすいと評判。男女問わず、オススメです!



■見学を終えて……



実際に水鳥の下駄を履かせて頂き「まるで私の足に合わせて作ってもらった下駄みい!」と驚かされました。ヒールがある下駄はつま先の方にも厚みがあるので、疲れにくく、なおかつ脚もきれいに見えました。水鳥独特の土台と太く柔らかい鼻緒のおかげで歩いても下駄が足にぴったりついてきます。はじめから足に馴染むようなはき心地を追究した職人技にリピーターが多いことにも納得です。一見シンプルに見える下駄にも、細部に沢山のこだわりがあるんですね。愛情を込めて人の手で作ることを大切にしているからこそ、水鳥の下駄はお客さんに愛されているのではないでしょうか。[取材:河田弥歩]

そうだ、この駅で〜富士宮駅の旅〜

——おなじみの電車区間で、「降りたことはないけれど、ちょっとここ気になるぞ」という場所をみつけたことはありませんか?なんでも静岡にはおよそ230もの駅があるそうな。つまりその分だけ、そこに暮らす人々や歴史、町場の物語が広がっているんです。「途中下車してみたら、実はこんなまちだった!」。そんな発見とまだみぬ風景を探しに、「!」アンテナがたった駅で下車する旅企画。


今回の降車駅は——
■富士宮駅
【Access】
静岡 → ( 東海道本線:35 分 ) →富士→( 身延線:18 分 ) →富士宮
浜松 → ( 東海道本線:1時間50分 ) →富士→(身延線: 18分)→富士宮




■食と水の都! よくばりな街、富士宮

静岡県東部に位置する富士宮市は、北東部に世界文化遺 産である富士山を有し、まさに富士の麓にある町と言えま す。そのため、富士宮市内の川に流れる水は、水量が豊富な透き通った富士山の雪解け水です。もちろん水道水も富士山の水!いつ飲んでも美味しい、ミネラル豊富な富士宮の水は、日本一美味しいと言っても過言ではありません。

しかし、富士宮市の魅力は富士山だけではありません。富士宮市は、今では地方の町興しには欠かせなくなったとも言えるB級ご当地グルメ発祥の地でもあります。第一回B―1グランプリで優勝に輝いたのが「富士宮やきそば」なのです!富士宮やきそばの起源は、昭和三十年頃と言われています。当時、富士宮 で仕入れたものを山梨県に売りに行く人が大勢いました。そんな山梨県と富士宮市を行き来している人のために、 保存が効いて持ち帰ることのできる麺が喜ばれたそうです。

今回、富士山の自然とオリジナリ ティー溢れる食に恵まれた富士宮市を案内してくれるのは、NPO法人まちづくりトップランナーふじのみや本舗の稲葉美津恵さん。みなさん、 今年の夏は富士山の町 富士宮で過ごしてみるのはいかがでしょうか?



▲富士宮出身の山口(写真左)という心強い仲間とともに、いざ出発です!

◉取材・執筆:山口奈那子(常葉大学)
◉取材・撮影:山田はるな(常葉大学)





(1)富士宮市役所
富士宮市役所の七階は窓が一面ガラス張りになっていて、富士山の麓が緑豊かな自然から徐々に街になっていく様子を見ることができます。 まさに富士山を望む穴場スポットです。さらに、富士山だけではなく三千メートル級の山々が連なる南アルプスまで見下ろせます! 案内人の稲葉さんが富士宮を案内するときは必ず連れていくというほど富士宮自慢の場所です。


▲市役所内に"松屋"を発見しました!なぜ松屋が入っているのかは、ナゾです。




(2)富士宮本宮浅間大社
街のほぼ中央ある富士山本宮浅間大社は、浅間大神を祀る全国に千三百余りある浅間大社の総本宮です。昔、人々は富士山の噴火被害に苦しんでおり、荒ぶる富士山の噴火を鎮めるため、水徳の神「木花之佐久夜毘売命」を富士山に祀ったことが浅間大社の始 まりです。現在の社殿は徳川家康によって建てられ、富士山に近づけるために二階建ての浅間造りになっています。


▲富士山の湧き水が汲める場所です。冷たくて、美味しいお水でした!




(3)お〜それ宮
お〜それ宮は、富士宮で採れた様々な食材を味わうことができる食のアンテナショップです。最近のイチオシは、 朝霧高原で育った富士セレクション豚を使用した「豚DEMO丼!」 溶けるようなお肉の柔らかさが特徴です。他には、富士宮が生産量日本一を誇るニジマスを使用した「にじますバーガー」があります。 富士宮の食を堪能するには欠かせないお店です!


▲今回は、ニジマスバーガーを注文!バンズは柔らかめ。ニジマスと付け合わせのソースの相性は抜群でした。




(4)高砂酒造
1820年頃に滋賀県で創業され、のちに伏流水が豊かな富士宮市に酒造を構えられた歴史ある酒造です。美味しさの秘密はこの伏流水にあります。富士山三層目の玄武岩 (地下100m)の超軟水の 伏流水により味に甘さが出るのです。酒造では見学も試飲も可能。オススメは「高砂ヨーグルト酒」で、甘みがあり、なめらかさが口の中で広がります。




(5)富士見石
富士宮市立中央図書館の入口付近には、かつて織田信長が座ったとされる石があります。口伝えによると、1582年に織田信長が甲州の武田氏に勝利し、その帰路でこの石に腰かけ、富士山を眺めたそうです。図書館を開設する際にこの場所に設置されたため、実際に信長が富士山を眺めたのは他の場所にあります。座れば信長気分になれるかも?




(6)ten cafe
ten cafeは自家焙煎のコーヒーを味わえるコーヒー専門店です。コーヒーの種類も豊富。なかでも、マスターの遠藤海太さんこだわりのエスプレッソは、苦さの中にほ のかな甘さが残り、何杯も飲みたくなるほど美味でした。マスター自慢のエスプレッソマシンで焙煎していす。更に、今流行りのラテアートで視覚でもコーヒーを堪能することもできます。




■富士宮駅
【Access】
静岡 → ( 東海道本線:35 分 ) →富士→( 身延線:18 分 ) →富士宮
浜松 → ( 東海道本線:1時間50分 ) →富士→(身延線: 18分)→富士宮


ハタチの社会見学〜株式会社 大村屋酒造場〜

ハタチの社会見学(4)
■株式会社 大村屋酒造場にやってきた!
〜歴史に恵まれた土地で、歴史深い日本酒を伝える〜



もともと静岡県は良質な水に恵まれ、日本酒をつくるには最適の土地。そのなかでも特に大井川流域の水は、水量が豊富でやわらかな水なのだそう。創業1832年の大村屋酒造場は、その大井川の伏流水を使って、11月〜4月の間、酒造りをしています。看板商品は純米大吟醸「おんな泣かせ」と純米「若竹 鬼ころし」。これらは30年ほど前から海外輸出されるようになり、今では生産量の3分の1が計16カ国で親しまれています。今回はそんな大村屋酒造場の日本酒が静岡だけではなく、世界中で愛される理由に迫ります!

[取材・撮影・執筆:小泉夏葉(静岡大学3年)]
[取材・撮影:小池麻友(静岡県立大学4年)]


■『日本酒を、これからの日本に残していくために!』
◉株式会社 大村屋酒造場 
 杜氏 日比野哲さん




口減少に伴い、日本酒を飲む人が減っています。そうした背景もあり、私たちは海外展開も行っています。実は世界的にみるとお米から造られるお酒は、海外の安価な原料で造られるものが多いです。その中で価格の高い日本酒を広めるためには、良いものを造っていかねばならないのです。良質なお酒を造るために最もこだわっている工程が「洗い」。酒造りは米を割らないためや、道具に臭いや雑菌がつかないために、洗う作業が多いです。「洗いにはじまり、洗いにおわる」と言うように、「洗い」がしっかりしていてこそ、素材が活きてきます。また、酒造りは朝四時から夜中まで行われるので、人の輪が肝心。人が変わるとお酒の味も変わるほどです。

最近では日本酒の魅力を知ってもらうために「島田の食材と地酒を楽しむ会」など日本酒と接してもらう機会を設けています。大学生にも日本酒の正しい情報とおいしさを知ってもらいたいので、試飲会を開けたらなあと思っています。日本酒は飲み過ぎは禁物ですが、人との付き合いがしやすくなるし、何よりおいしい。私たちはそんなおいしい日本酒を大井川の伏流水、静岡酵母、そして静岡県産のお米を使って造っています。この土地があってこその「地酒」。これからも地元の人に愛される地酒をつくっていきたいですね。


日比野哲さん
株式会社 大村屋酒造場の杜氏。静岡大学農学部卒業。
学生時代は「日本酒友の会」をつくり、美味しいお酒を探求していたそうです。静岡大学と共同で日本酒「 静大育ち」を製造。島田、藤枝、焼津のお酒ははずれが無いのだとか !
住所:静岡県 島田市本通 1 丁目 1‒8
電話:0547‒ 36‒2444





(1)社会見学スタート!

▲お酒の原料であるお米の保管場所から見学させていただきました。保管しているお米は6割が静岡県産です。酒米の王様「山田錦」や静岡県が開発した「誉富士」がありました。







(2)精米

▲精米機でお米を磨きます。酒米は普段食べるお米よりも大粒なのが特徴。中央にデンプンが少なく、白い不透明な部分(心白)があります。





(3)糠の分類

▲精米で出た糠を赤糠、中糠、白糠に分類します。糠は、発酵させて茶畑の肥料にしたり、米菓の原料にしたりと無駄がありません。





(4)美味しさの鍵

▲お酒といっても、8割以上が水。大村屋酒造場では大井川の伏流水を井戸からひいています。この水を、竹炭でろ過し、仕込み水で使います。





(5)蒸し

▲大釜でお米を50分程度蒸していきます。樹脂製の疑似米を敷いた状態で蒸すことで、べたつきを防ぎ、さらっと蒸すことができます。





(6)もとつくり

▲水、蒸米、米こうじ、酵母をいれて発酵させると「酒母(または酛)」が完成。静岡で発見された静岡酵母のみを使用しています。





(7)発酵

▲手作業で全体にこうじエキスを行き渡らせます。


▲ぷくぷくとしているのは酵母がはたらき発酵している証拠。バナナのような香りがしました。





(8)三段仕込み

▲酒母やお米などを3回に分けて仕込む「3段仕込み」。室町時代から続く伝統の技です。発酵が進み、炭酸ガスが充満しているので顔をいれると気を失ってしまうのだそう!





(9)種こうじ=もやし

▲蒸米に3日間かけてこうじ菌を生やし、乾かします。種こうじを「もやし」と呼ぶそうで、漫画「もやしもん」の由来も実はここから。





(10)醪(もろみ)

▲3段仕込みした醪中ではこうじによる糠化、酵母による発酵が行われます。20〜30日間ほどかけてじっくり発酵させます。人がすっぽり入ってしまうくらい大きなタンクです。





(11)温度管理

▲タンク内は発酵時に発せられる熱で温度がどんどん上昇。そのため、中にこの管を入れ冷水を循環させて温度を管理します。





酒屋や酒蔵の屋根にぶら下がっているクス玉のようなものを皆さんも一度は見かけたことがあるのではないでしょうか。みなさんはこれが何か分かりますか?
実はこれ、酒林 ( あるい は杉玉 ) と呼ばれるもので、丸みを帯びているのは神様を表しており、青々としたものは「新しいお酒が出来たよ」という印なのだそうです。また、吊るしたては綺麗な緑色なのですが、月日が経つにつれて茶色く枯れていきます。これは新酒の熟成度を表す一つの目印になっています。







(12)圧搾

▲発酵が終わった醪がタンクから送られ板の並んだしぼり機で搾られます。板と板の間からは甘酒の原料である、酒粕がとれます。





(13)原酒

▲酒粕が搾り取られたあとの原酒が集められています。中を覗くと色は透き通っており、とてもフルーティーな香りが漂っていました。





(14)完成!

▲出来上がったお酒は瓶に注がれて完成。大村屋酒造場の瓶はラベルの種類も豊富です!細部までこだわりぬかれた日本酒が多くの人々のもとへ届けられます。



■見学を終えて……



酒母がぶくぶくと発酵している工程では「生き物みたい!」と思わず声をあげてしまいました。酒米は粒の周りが磨かれ、4〜7割しかお酒にならないと聞いたときは 「もったいない!」と思いましたが、そうすることで麹菌や 酵母が活発に働き、良いお酒ができること、さらには除かれた糠も余すことなく使って いることを知り、職人魂を感じました。また、同じ温度 45 度のお酒でも、50 度まで温めてから45度にするのと、そのまま45度に温めたものでは味わいが違うらしいのです。日本酒はなんて奥深いんだ!ハタチになったら、両親と一緒に日本酒を楽しみたいです。[取材・文/小泉夏葉]